神社仏閣を訪ねて(6)「西本願寺 長野別院」

 12月25日(日)女房が待ちに待ったこの日は、娘と息子が休みになるので長野市まで迎えに行きました。朝方までは雨でしたが、2~3年に一度の寒気が入ってくるという予報なので、昼間は朝より気温が下がった気がします。

 息子は寮まで迎えに行って、そのまま富山駅から新幹線に乗った娘を迎えに長野駅まで行きました。12:25発「はくたか560号」東京行き、到着までにほぼ1時間ほどあります。買い物はともかくとして、ひたすら速足で善光寺参道を進みました。

 

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 目的地は北野文芸座の上の細い小路の先にある「西本願寺 長野別院」です。門柱には「西本願寺 長野別院」と「本派 本願寺長野別院」、掲示板には「本願寺派 長野別院」とあります。さて、微妙に表現が分かれているのは、どういうことなのでしょうか。

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 細い参道を行くと、右手に親鸞聖人の幼少期「松若丸」様が合掌したお姿のブロンズ像があります。

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 親鸞聖人9歳の頃でしょう。叡山に登る前までは「松若丸」で、叡山に登ってからは「範宴」と改名、叡山に入るための得度を明日にしようとした慈円様に、今日の内に得度を叶えたいという一心で読んだ、「明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」という有名な句です。

 

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 自分なりに解釈してみましょう。「何時でも明日は来ると思ってはおりません。きれいに咲いている桜でも夜中に嵐がきて散ってしまうこともあります。」という内容だと私は思っています。

 

 更に参道を進むとご案内札がありまして、「ご縁あって、この境内・参道をご通行の皆様へ 本堂正面では、少し立ち止まり、軽く一礼をいたしましょう。」と書かれていました。

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 立ち止まって読んでいると、境内から出てきた小柄の女性に行き会いました。言語がおぼつかない感じの、ダウン症の女性でした。手話ではなく手まねで、この案内の先でお辞儀をしてから進んで下さい。ということを一生懸命教えていただきましたので、ありがたく聞いた通りにして境内に進みました。

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 今月の言葉が書かれた掲示板の下の、イラストの真ん中におられるお坊さんは親鸞聖人でしょうね。その右手には寺子屋になっているようです。その手前には大きな親鸞聖人の立像がありました。

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 更に本堂から左手には、立派な鐘つき堂がありました。

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 「誰でも念仏申せば救われる」ありがたいです。「南無阿弥陀仏」ゆっくりお参りさせていただきましたので、またもや速足で長野駅まで直行です。途中、たくさんの種類の地酒扱っっている酒屋さんもあるのですが、時間の余裕がありませんのでまたの機会にしましょう。

 

 今日は長野駅前でも、佐久市の「ゆうちゃんを救う会」の皆さんが募金活動に来ていましたいました。遠路、そして寒い中、頭が下がります。今日も募金に協力させてもらいますよ。そのくらいしかできませんが、よろしくお願いいたします。

 「ちゅうちゃん」は佐久市在住の小学校4年生、50万人に一人という難病、「拘束型心筋症」という病気で、心臓移植でしか救える方法がないということです。

 ゆうちゃんの心臓移植が一日も早く実現しますように、お祈りいたします。