satoyamanekokunのブログ

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死ぬまで山歩き「17」思い出②

 「思い出①」の同じ年だったと思います。この年、二度目の北アルプスで、やはり記憶は限りなく曖昧なのですが、9月上旬だったような気がします。夏は大人気の白馬大雪渓から、白馬岳ー小蓮華山ー白馬大池を経由して、栂池自然園を縦走しました。

 

 確か登山口の猿倉に向う途中で撮った白馬岳だったと思います。猿倉から歩きはじめますが、雪渓入り口の白馬尻小屋に向うまでの間も、ハイキング気分で楽しかったのを思い出します。

 

 歩き始めてすぐに、白馬鑓温泉小屋方面との分岐があります。

 

 白馬尻小屋で一休みして、いよいよ白馬大雪渓に入ります。

 

 真夏だったら、涼を感じながら雪渓の上を歩けるのですが、この時期の雪渓は表面が黒ずんで痩せてきてきていますから、登山道は雪渓の脇に移動しています。登山者は多いですが、雪渓を歩くのは真夏が最高だと思います。

 

 

 

 

 

 

 またこの時期は、雪渓の下が空洞状態になったシュルンドがたくさんあって、時々崩落する音が聞こえますが、間違っても近づかないようにしましょう。また登山道の赤丸印も見落とさないように注意しましょう。

 

 

 

 そろそろ雪渓も終わりのようです。9月に入ると、北アルプスの山小屋辺りでは初氷の張る季節です。たぶん何回か霜も降りている時期だと思いますから、花はほとんど見当たりませんが、ミヤマアケボノソウとミヤマトリカブトが咲いていました。

 

 夏はきれいなお花畑の葱平(ねぶかっぴら)に来ました。シロウマアサツキが自生していることからこの名がついたとされています。

 

 勾配がきつくなってきました。山では水は貴重です。登山道脇をきれいな小川が流れていたので、時々いただきながら歩いたのですが、いよいよ登ってきたこの辺りに「この水は飲めません」と立て看板がありました。

 

 やはり、同じくらいのペースで登っていた二人連れの片方の方も「もう思いっきり飲んじゃったよ」と言っていましたから、同じ立て看板を下流にも立てておいてほしいと思いました。長い行程でしたが、もうじき白馬村 村営 頂上宿舎です。

 

 左手の雲の中から杓子岳が浮上するように現れました。

 

 杓子岳の奥は白馬三山の鑓ヶ岳です。槍・穂高連峰槍ヶ岳とは別で、「鑓」と「槍」は戦国時代から室町時代に使われた長尺の武器ですが、歴史的背景に微妙な違いがあるようです。山は見る方向でかなり表情が違いますが、この方向からだと「鑓」という鋭さは感じないです。

 

 

 村営 頂上宿舎で一休みして、更に登ると今晩お世話になる白馬山荘が見えてきました。白馬山荘は日本最大の山小屋で、当時は1500人収容で来るということでしたが、トップシーズンのすし詰め状態の収容人数だったと思います。新型コロナウイルスの感染拡大以降は800人となっていました。

 

 

 早速、荷物を置いて白馬岳山頂に登ってみました。西には立山連峰剱岳が見えていて、目の前にかわいい雷鳥も姿を見せてくれました。

 

 この時期は登山者も少なくて、広い部屋でゆっくり休ませていただいて、次の日は小蓮華岳白馬大池乗鞍岳を経由して栂池自然園に向います。3000メートル近い標高の朝は冷え込みます。雨具は防寒着にもなるので助かります。

 

 

 足元を見ると、花はすっかり終わったチングルマの綿毛にウラシマツツジの紅葉がきれいです。

 

 

 白馬大池が見えてきました。この日の午前中は確か天気が良くありませんでした。色は良く出ませんが、ナナカマドの紅葉とハイマツのコントラストがきれいでした。

 

 ゆっくり写真を撮ったり、休んで歩きはじめる頃は、さらに霧が濃くなってきました。しばらく歩いてから気が付いたのですが、いつも近くを歩いていた二人連れの方たちの姿がありませんでした。

 

 嫌な予感がしたので、急いで戻ってみると霧の中で案内を見落としていて、栂池方面とは逆の新潟方面に向かって歩いていました。

 

 そのお二人に追いついて、そんな話をしたところ、群馬県から来たのだということでした。何処の温泉だったか、すっかり忘れてしまいましたが、一緒に温泉に入って、一緒にお昼いただいて分かれました。