投票済証明書

 毎日のように夕立があって畑を耕せないでいると、見る見る耕作放棄地状態になってしましますが、そんな畑もせめてお盆前には草刈りくらいしておこうと思ったら、見事なキリギリスを何頭か見つけて無事逃げたのを確認しながらそーっと刈りました。

 

 また別の日の夕方、畑仕事をしていると左手の掌にパサパサと何かが止まりました。それはかわいい赤トンボでした。ヒメアカネでしょうか?ちょっと秋を感じるできごとでした。


 「6月もあっという間に過ぎて・・・・。」などと言っていたと思うと、すっかり8月です。旧暦の8月1日(新暦では8月30日)は「戌の満水」と言って、1742年(寛保2年)豪雨災害によって大勢の方が亡くなられた。雨は旧暦の7月27日から8月1日にかけて降り続け、千曲川の水位が11メートル上がったということです。

 

 佐久地方で最も多くの犠牲者が出たのは旧小諸藩で584人もの方がなくなられました。佐久穂町 上畑地区(旧上畑村)は全村がこの洪水によって流されたということです。さらに下流に行って旧金井村(現在の東御市)では130人、旧上田藩では158人、旧松代藩(現在の長野市)では1220人もの犠牲者がでました。

 

 南佐久郡から飯山市に至るまで広範囲に被害が及び2800人余りの犠牲者が出たということです。この災害以降、佐久地方では新暦の8月1日はお盆のお墓参りとは別に「お墓参り」という風習が残っていて、小学校、中学校、地元企業も休みになりました。小学校、中学校ではお盆の期間と同様、花火をあげて良い日とされていました。

 

        

 

 7月10日の「参議院議員通常選挙」の2日前、安倍晋三前総理が暗殺されました。驚いたのと同時に亡くなってもなお疑惑を残す人だと思いました。そして何とモヤモヤした事件です。様々な疑惑に真面目に向き合うことなく逃げ回り、挙句の果には怪しい新興宗教による犠牲者により殺害されました。

 

 同じような不満を抱えている国民は山上氏以外にもたくさんいるでしょう。亡くなった安倍元首相はそういう種を自分で蒔いてきたといっても言い過ぎではないでしょう。「因果応報」と言いますが悪しき行いは時が経つと、必ず自分の身に降りかかってくると思います。そんなことを言ったて、自分自身そんなに褒められた行いばかりしてきたわけでもないので、今後の自分の言動にも十分注意しなければいけないですね。

 

 第2次岸田改造内閣がドタバタ劇で発足しましたが、その後も副大臣政務官が次々と統一教会との関係が根深かった事実が判明しました。そして8月12日、旧統一教会の友好団体が韓国で国際会議を開いて、安倍晋三氏の追悼が行われたほか、トランプ前大統領のビデオメッセージを寄せたということです。

 

 

 

 統一教会の広告に出演すると、著名な人物ほど、高額の対価が教団から支払われる。彼らは必ず金でやり取りする。統一教会安倍晋三氏のメッセージ対価は、一回一億円と言われている。全て信者からむしり取ったお金だ。これこそ教団側も政治家も笑いが止まらない関係にあるあるわけですが、こんなことが戦後最長と言われる安倍政権下で行われてきたこと自体、民主主義の根幹を揺るがす最悪の事態だといえます。

 

 フリージャーナリストとして旧統一教会などを取材していた元参議院議員 有田芳生氏によると、1995年秋、オウム真理教松本智津夫元死刑囚たちが逮捕された後、警察庁幹部と警視庁幹部はオウムの次に統一教会を摘発の対象にしているということだったようです。

 それから10年たった2005年。警視庁幹部と久しぶりに行き会って「今だから言えることを教えてください」と伝えると、統一教会を摘発できなかった理由について一言だけ「政治の力だよ」と言ったということです。

 

 TBSの「サンデーモーニング」では、いち早くこの統一教会の問題を取り上げてきていましたが、司会の関口宏氏が「何か大きな力が動いてますねぇ」と言われると、ジャーナリストの青木理氏も「そうですね」と同意したことが印象に残りました。

 「森友学園加計学園問題」、「桜を見る会」も有耶無耶のまま放置されて、安倍氏亡き後、臭い物に蓋をするように国葬を強行しようとしています。

 日本の民主主義を守るためには、国民も司法も政治家もメディアも一丸となってすべての疑惑を風化させないようにしたいものです。

  

 

 

 いつも読んでいただいている皆さん大変申し訳ありません。いつもの通り本題はどこに行ってしまったのやらという感じですが、7月10日の参議院選挙では投票管理者を仰せつかって、一日投票所にいました。

 

 家族4人で投票に来ていただいたうちの家長と思われる方が、「投票証明書を書いてもらいたいですが」と言われました。恥ずかしい話ですが、自分はそういうものの存在を初めて知りました。

 

  

 

 色々調べると正しくは「投票済証」または「投票済証明書」というようです。そしてその発行はそれぞれの自治体に委ねられているため、請求があった場合必ず発行しなければいけないという性質のものではないということですが、全国的には準備している自治体が多いようです。

 

 佐久市の場合も多くの自治体と同様準備されていました。自治体によってはその市町村内で買い物をするときにいろいろな割引券として使える場合があるようです。佐久市の場合はそのような特典があるかどうかは定かではありませんが、選挙に関心を持ってもらうことと投票率を良くしようと考えた場合、多くの有権者に知っていただくことはいいことだと思います。

 

 7月10日の投票日には、投票管理者職務代理者という職務の方がいますが、市役所の職員さんで実際にはこの方に事務従事の一切を指示していただいています。

 また投票管理者と投票管理者職務代理者は投票所から同時に席を空けてはいけないという決まりがあって、昼食をとるときなどは時間をずらして必ずどちらかは投票所にいるように注意しました。

 

 当日も投票管理者職務代理者は5通の「投票済証明書」を用意していたということですが、そのうちの4通を使ったので、あと2通とか請求されたらどうしようかとドキドキしていたようですが、幸いこの日はその4通以外には「投票済証明書」の請求はありませんでした。

 

             

 統一教会票が選挙にも大きく関わっていたようですので、我々国民が無関心でいることが大きな問題です。そして唯一政治に参加できる大切な権利ですから、棄権する事のないよう必ず投票に行きましょう。

参議院選挙「不在者投票」

 

 6月も過ぎて今年も半分終わってしまいました。慌ただしい世の中ですが蒸し暑かった日の夜は冷えた缶ビールでも持って、蛍を探しに行ってみたいですね。

     

 

 

 

 ひどい暑さが続いています。そろそろ夏祭りの季節ですが岩村田は今年も中止だということです。

 前の会社の小諸の友達から連絡をいただきました。小諸市は土曜日の市民祭りは中止しますが、健速神社の例大祭、通称「本神輿」は規模を縮小して開催するということです。1000年の歴史があってかなり暴れ神輿で見応えがあります。

 

 岩村田の本神輿も室町時代から続いている、600年の歴史があるお祭りです。こちらの神輿も他地区の神輿との小競り合いがあって楽しいです。

 

 

 

 

 健速神社の本神輿見に行きたいと思いきや、7月10日(日)は参議院選挙の第25投票区投票所の投票管理者を言い渡されていました。いやいやとても残念です。

 

 

 娘は去年の衆議院選挙では初めての選挙だし、大切な一票なので新幹線の交通費を出してあげるので帰ってきてと連絡したところ、金曜日の講義が終了次第、帰ってきてくれて月曜日の講義もゆっくりなので、日曜日も投票をして泊まっていきました。

 

 

 そして今回も、もちろん大切な選挙なので帰ってきて投票に行ってほしいと思ったのですが、どうやら講義もぎっしり入っているようで無理は言えませんでした。

 

そんな訳で、早速、佐久市選挙管理委員会にメールで問い合わせをしたところ、とても丁寧に回答をしていただきました。

 

 

 学校関係、仕事などで投票日はもちろん、期日前投票も無理な有権者には滞在地で不在者投票ができるのだそうです。なんと、自分はとても恥ずかしいことに、不在者投票が今の期日前投票に変わったんだなくらいにしか思っていませんでした。

 

 そして、あえて記事にしなくても知っている方のほうが多いと思いますが、大まかな流れは、「宣誓書(兼請求書)」を選挙管理委員会のホームページからダウンロードして、必要事項を記入して選挙管理委員会に提出します。

 

 不在者投票の正当な理由が確認できたところで、滞在地の有権者に投票用紙等の必要書類が送られます。

 

 送られた書類を持って滞在地の市町村役場の選挙管理委員会に行って投票を行います。但し注意点があって、投票日当日に選挙人名簿のある選挙管理委員会にその投票用紙が届かなければ無効になってしまいます。

 

 7月10日の投票日に間に合えばいいな!と思いつつ7月4日(月)娘からLINEで佐久市役所からレターパックが届きました。と連絡がありました。まずはひと安心です。

 

 

                                               

       

         

     

 また指定病院・老人ホーム・介護老人保健施設・保健施設に入院、入所していて歩行が困難な方の場合は、その施設での投票も可能だということです。

 

 身体に重度の障害がある方で、佐久市選挙管理委員会が交付した「郵便等投票証明書」をお持ちの方は、郵便等による不在者投票ができます。ということですので大切な一票を無駄にしないようにしましょう。

お酒の話(12)

今日、6月27日気象庁より梅雨明けの発表があったようです。それにしても早いですね。確か4年前も梅雨明けが早くて、6月29日でした。そして連日、異常に暑い日が続いています。まだ先々週あたりは朝、寒くてファンヒータを入れていました。この暑さはまだ1ヶ月以上も続くと思うと、いったいどうなってしまうのでしょうか?とにかく熱中症には注意しましょう。

 

旅の楽しみは昼は何をいただこうかとか?近頃はどこに行っても道の駅があってその土地の野菜や果物、海辺であれば新鮮なお魚などを見ているだけでも楽しいものです。そして自分はさらにもうひとつ、その土地の地酒を買って帰るのが楽しみです。そしてできれば酒蔵に寄って蔵元の雰囲気を味わいつつ、お酒について色々教えていただきながら自分の好みだと思う銘柄を買い求めるという思考で行動しています。

 

「♪ 喜久水飲む人好きだな・・・。」一度でいいからそんなことを言われながらお酒を飲んでみたいものだと思いますが、とても乗りのいいCMです。先日、元善光寺をお詣りした後に飯田市唯一の酒蔵、 喜久水酒造さんに寄ってお酒を買ってもらいました。

 

事務所の横に苔むした小さな水車小屋があって、もちろん水車が回っていました。松もイワヒバも苔もとてもいい感じです。戦後37の酒造家が合併して創られた酒蔵だということです。

 

 3本買ってもらったうちのひとつ、純米「風越」 精米歩合 65% アルコール分15度

香りはひかえめですが穀物の熟成感を感じる香りと酸味を感じる果実臭が上品です。

すっきりとした飲み口でそのあと広がる酸味と甘みのバランスが良くて美味しい。どちらなというとやや辛口で爽酒だと思います。

 

 

 

精米方法に特徴があります。「扁平精米」という精米方法で、お米の形を残しつつ精米していくことで、お米の美味しさはのこしつつもタンパク質などの酒造りに不要な部分を取り去ることができるということです。その結果、通常の精米方法より多少黒く仕上げているためあえて「黒純米」としたようです。

「喜久水」 精米歩合82% アルコール分15度

香りはほのかな酸味のある果実臭に、さらにほのかな穀物の香りを感じます。

すっきりとした酸味が特徴のお酒です。どちらかというと辛口だと思いますが、穀物のうま味も特徴的です。味わいがすっきりしていますので飲み飽きないお酒だと思います。

 

店内に入ると石臼にきれいな水が・・・。とても涼を感じる風景ですがこの水は仕込み水に使っている地下水だということです。

 

喜久水酒造さんと言えばこの銘柄が何といっても有名だと思います。

日本の名水100選に選ばれた「猿庫の泉」を仕込み水に使っていますので、銘柄もそのままですがいついただいても美味しいお酒です。

純米吟醸「猿庫の泉」精米歩合 55% アルコール分 15度

爽やかに華やかに香る果実臭が美味しそうです。とても熟成感を感じる口当たりですが、後味はスッキリとキレがいいと思います。やや甘口でしょうか、とても美味しい。ラベルの文字がとても楽しいです。

 

お店の中は広くて、酒造りに使う道具やお土産もきれいに並べられていてとても楽しい空間です。

 

 

 

こちらのかわいいラベルのお酒は豊丘村の道の駅「南信州とよおかマルシェ」で買った一品です。とにかく「中川村のたま子」ちゃんに魅かれて、買わないわけにはいきませんでした。

 

養命酒発祥の地、中川村 米沢酒造さんの特別純米酒「今錦」

精米歩合 59% アルコール分 16度 長野県産 美山錦100%使用

きれいに透き通ったかすかな琥珀色です。香りはほのかですが上品な酸味を含んだ果実臭です。

一口いただきます。まろやかな酸味とほのかな甘み、全体的に包むような酸味に特徴があってコクも深みも感じるお酒だと思います。後味はスッキリとした辛さを感じて、とてものど越しが良いです。それにしてもラベルのオタマジャクシの「たま子」ちゃんがかわいいですよね。

 

それにしても長野県も広いですよね。とつくづく思います。まだ行ったこともない町村がたくさんあります。また機会がありましたら、珍しい農産物に美味しい地酒を探しにでかけてみたいと思います。

 

神社仏閣を訪ねて(8)元善光寺

 

 

 二週続けて土・日は畑仕事に専念しました。といってもかなり出遅れた感があるので、まだまだ全く間に合ってはいないのですが、それでもたまにはどこか出かけようということで、6月29日まで「御開帳」が行われている元善光寺に行くことにしました。

 

 

 連日雨降りですが、今日は午前中は曇りの予報でした。駒ヶ岳のSAでコーヒーをいただいて一休みしました。天気が良ければこちらに中央アルプスの峰々がそびえているのですが、梅雨の合間なのでしかたないです。それでも時々雲の合間から宝剣岳が確認できました。

 松川インターで中央道を降りて、国道153号線(三州街道)をさらに南に進みます。天竜川から西側斜面に元善光寺があります。はるかに30年ほども前ですが、佐久交通安全協会の青年部をやっていたとき、岸野支部の旅行で木曽の妻籠宿から昼神温泉に泊まって、元善光寺をお詣りした覚えがあります。

 

 その頃はあまり神社仏閣のありがたみも、縁起もあまり理解もせずにお詣りしていましたが、この歳になって神社仏閣を詣でる楽しさが分かりました。

 こちらの元善光寺信濃国 伊那郡の朝廷に使えた役人、本田善光公が信濃国司の供として京に上った際、物部氏によって厄落としとして難波の堀に打ち捨てられた阿弥陀如来像をみつけてすくい上げお連れしたのがこちらの元善光寺、全国に119か所あるといわれる善光寺ですが、全国で「善光寺」と最初に名前か付けられたのがこの元善光寺です。

 難波の堀とは大阪 和光寺阿弥陀池ではないかと言われていますが、実際には定かな文献があるわけではないようで、大阪とも奈良県明日香村とも言われているようです。

 

 

 境内自体が西側斜面にありますので、石段は少々急な感じがします。

 

 

 

 山門をくぐると次の石段の上に回向柱が見えました。

 

 こちらの回向柱は特殊なコーキングを施しているわけではありませんが、回向柱の前後に消毒用のアルコールが準備してありました。

 

 善光寺と同じくご本尊様は一光三尊阿弥陀如来像で、御開帳の際もその前立本尊と回向柱が繋がれています。そして本堂の内部はもちろんですが撮影禁止になっています。

 靴を脱いで本堂に上がらせていただいて、前立本尊さまの真向かいに正座して、今日はとにかくここ元善光寺にお詣りにこれたことがうれしくて、後ろで待っている参拝者の迷惑も考えずに目をつぶって、般若心経を暗誦させてもらいました。

 

 前立本尊の左手には本田善光公の塑像があって、右手には木彫りのお釈迦様の涅槃像がありました。

 

 

 あまり混雑していなかったので「戒壇巡り」をさせていただきました。そしてその右手には「お賓頭盧」さまがおられます。「戒壇巡り」は当然手を消毒して、砂時計で前の方との時間をおいて進むように配慮されています。

 

 元善光寺の「戒壇巡り」は無料で体験できます。「戒壇巡り」そのものが仏様の胎内に入らせていただくことでご利益があるのだそうです。善光寺ではご本尊さまの安置されている地下室の鍵に触ることで運が開けるとされていますが、元善光寺ではご本尊さまの真下にあるという独鈷の形をした開運の錠前に触れることで、仏様とより深いご縁で結ばれるということです。

 

 四方から回向柱を撮ってみました。

 

 かわいいお地蔵さん。

 

 

 

 

 

 

 本堂の階段右手の石仏さん、お観音さまでしょうか?

 

 時間とともに参拝者も増えてきました。

 

 こちらは平安時代の僧、元三大師 良源さまのお札です。当時、疫病が流行り人々を苦しめていました。良源はこの疫病を鎮めるために鏡を前に禅定に入ると、鏡には骨ばかりの鬼の姿が現れたということです。その姿を弟子の一人に描かせて、お札に刷って護符として配ったということです。このお札を戸口に貼った家は、疫病は元より一切の災厄にかからなくなったといわれています。

 

 佐久市はここのところ長野県で3番目に新型コロナウイルスの感染者が多いので、アマゾンで買ったアマビエさんと一緒にいやな病気から守っていただきましょう。

 

 


 
 お詣りを終えて向かいのお土産屋さんに寄りました。入口に見事な水引細工の宝船に目がとまって、写真撮らせてもらっていると「中にもたくさんあるから撮ってって」とお店のおばちゃんが声をかけてくれました。

 

 遠慮なく入らせて水引細工を見させていただいていると、きさくなおばちゃんはたくさん話をしたくれて、このトラを作った方はお亡くなりになったということです。

 

 

 

 

 お店のおばちゃんの話では、「水引の里」というような物産センターのようなところはすっかりなくなってしまったということです。

 

そして今日久しぶりに行ってみたいと思っていた「伊那谷道中」もいつの間にかなくなってしまったということです。

 

元善光寺で観光案内をしていただいた天龍峡大橋「そらさんぽ天龍峡」に行ってみようと思いましたが道に迷いました。極最近出来たばかりなのでカーナビも案内してくれませんでした。

 新しい天龍峡大橋は二段になっていて下は歩いて渡れるのだそうですが、強力に高所恐怖症の自分たちが楽しんでその橋を渡れるかは保証の限りではないので、早々あきらめて喜久水酒造に寄って、お酒を買ってもらってお昼をいただくことにしました。買ってもらったお酒の話はまた別の記事にしようと思います。

 

 お昼は切石駅にほど近い「千秋庵」というお蕎麦屋さんでいただきました。天ぷら蕎麦をいただいたのですが、温かい出汁に海老天が入っていてその出汁に蕎麦を浸けていただくのですが、ざる蕎麦と温かいお蕎麦を同時にいただいているようでとても美味しかったです。

 

  帰りは豊丘村の道の駅「南信州とよおかマルシェ」に寄ってみました。新しくてとてもきれいな道の駅でした。ジェラートをいただいてお土産を見て、今度は自分のお小遣いで中川村のお酒を1本買いました。足元のこの可愛い花は何でしょうか?

 

 

 そして松川インターから中央道に乗って、駒ヶ岳のサービスエリアで一休みしました。何処かに寄るたびに探し求めていたものがあるのですが、それはザザムシの佃煮です。東信地方では釣り餌として使いますが、まだいただいたことがありませんでした。

 こちらにあったのですが値段に驚いてちょっと手が出ませんでした。

 

 帰りは岡谷が近くなって雨に会いましたが、あちらにいる間は雨も降らづ、かえって炎天下よりは行動しやすかった気がします。善光寺元善光寺も御開帳は今月29日までです。「一度詣れよ元善光寺 善光寺だけでは片詣り」と言われるほどですから、元善光寺をお詣りできたのも何かのご縁があってのことと感じながら帰りました。

 

 

あの街の思い出「8」佐久穂町、小海町

 もうすぐ6月です。週末は雨でまたまた畑に入れません。こういう時は諦めが早くて、天気が良くなったので女房とお昼を食べながら南佐久方面に出かけてみました。

 

 黒沢酒造さんの蔵元ショップに寄ってみました。お酒の種類はもちろんですが、粋な手ぬぐいにかわいい手ぬぐい色々なお土産が並んでいました。ゆっくり見させていただいて、当然お酒買って行こうと思っていたところ、店員さんに色々詳しく教えていただいて、気に入った生原酒と甘酒を買いました。

 

 

 

 酒蔵にはやはりこの杉玉が粋ですね。

 

 そして、松原湖に行こうということになりました。ちょどレンゲツツジと新緑が

湖に映えます。

 

 

 ここ松原湖は大月子、猪名湖、長湖三つの湖の総称です。一般的にはいちばん大きいこの猪名湖が松原湖と呼ばれています。猪名湖を囲むように九ヶ所の神社があります。

 新海誠監督の「君の名は」の聖地「糸守湖」は最初、ご自身の出身地にある大月湖かこちらの猪名湖をイメージしていたようですが、最終的には諏訪湖になったようです。

 

 最も南に松原諏訪神社 上社がと、北の対岸の松原諏訪神社 下社には御柱が立てられます。諏訪大社では本殿を囲むように四本の御柱が立てられますが、松原諏訪神社では上社、下社にそれぞれ一本の御柱が立てられます。

 

 

 

 

 本殿の裏手には国の重要文化財に指定されている「野ざらしの鐘」があります。鎌倉時代の作で長野県最古の存銘梵鐘です。戦国時代、武田信玄はこちらの松原諏訪神社を崇敬していて、佐久群 落合の新善光寺にあったこの鐘を戦利品として奪い取って、こちらの松原諏訪神社に寄進したということです。

 

 また、この鐘は屋根の下に置くと火事に遭うといわれていて、「野ざらしの鐘」と呼ばれるようになったということです。

 

 「諏訪の七不思議」というのがあるように、「松原湖周辺七不思議」という不思議な現象があるとされています。

 

 松尾芭蕉は「奥の細道」というイメージが強いですが、長野県にも足を運んでいたんですね。とにかく健脚な方で「忍者だったのではないか」ともいわれているようです。

 

 

 

 

 

 そして、松原湖の北側に来ました。今日は八ヶ岳が雲に隠れていますが、この辺りから湖に写る八ヶ岳は最高です。

 

 しばらく進むとNHKみんなのうた」で有名な作詞家 井出隆夫の「北風小僧の寒太郎」の碑があります。小海町出身の井出隆夫が幼少期を過ごしたここ、冬の松原湖を渡る風を思いつつ作詞されたということです。

 

 他にもたくさんの作詞をされていますが、自分が知っているところでは、青い三角定規の「太陽がくれた季節」、いずみたくシンガーズの「帰らざる日のために」、岩崎宏美の「聖母たちのララバイ」などがあります。

 

 この碑の右手に押しボタンスイッチが付いていて、なんだろうと思って押してみると、左手後ろにスピーカーがあって、「北風小僧の寒たろう」の歌が流れました。

 

 

 

 こちらの展示物は八那池第一発電所で実際に使われていた水力発電機です。当然メンテナンスは必要ですが、80年も回り続けていたんですからお疲れさんと言いたくなります。

 

 

 

 鎌倉と松原湖がこういう伝説でつながっていたのは初めて知りましたが、真相はどういうことだったのか少し興味があります。

 

 こちらは松原諏訪神社の下社です。

 

 

 

 

 右手の岩に自生しているこのシダの仲間は何でしょう?広葉樹の葉のような形をしていますが、間違いなくシダ植物です。

 

 ちょっと一休みにも、お昼をいただくのにも最高ですが、ここまで車は入れないので運ぶの大変だったと思います。

 

 見事なホウノ木です。まだやわらかいホウバはいい香りがしそうです。

 

 水深は7メートルほどでいつもきれいな水をたたえています。冬はワカサギ釣りでにぎわいます。あの微妙なアタリはたしかに楽しいのですが、歳のせいか寒さがこたえますので最近はご無沙汰しています。

 

 湖からのマイナスイオンと新緑の香りをかぎながら、神社と史跡を訪ねて湖を一周するのも楽しいですよ。

 

 黒澤酒造さんの蔵元ショップで買い求めた一本です。井筒長 純米原酒「百姓物語」をその晩、早速いただきました。

 

アルコール分:18度 精米歩合:65% 佐久穂町 佐口産 山恵錦 100%使用

「直汲み 生原酒」というとおり、いわゆる「オリ」があって微妙に白濁しているところが何とも搾りたてといった感じで美味しそうです。

 甘味と酸味のバランスに良い果実の香りを感じます。一口いただきますが香りの通り甘みと酸味のバランスが良いです。後に活性酵母のようなシュワとした感じがまた美味しいですね。

 

 度数の高さを全く感じない爽やかな飲みごたえだと思います。微妙に苦みを感じるのは今日の体調のせいもあると思いますが、まだ生きているお酒をいただいているようです。そして、この時期の美味しい山菜といただきたい一品でした。

あの街の思い出(7)シルクの都

 大型連休も後二日です。何と昨日も今日も霜が降りました。そんな訳で農作業が全く進んでいません。

今日は、岡谷市に行ってみました。4月から無料になった新和田トンネルを通りました。

 最初に向かったのは、「イルフ童画館」です。「イルフ」とは、「古い」(フルイ)の逆さ言葉で「新しい」という意味なのだそうです。ネーミングの洒落た感じがいいと思いませんか。

 
 岡谷市出身の童画家、武井武雄の童画の世界に浸れます。写真撮影ができるものと、写真撮影が禁止されている作品がありますので注意しましょう。

 ステンドグラスの部屋が素敵です。武井武雄はこんな書斎で童画を画いていたのでしょうか。

 「ラムラム王」と吹き抜けのモニュメントです。「ラムラム王」は武井武雄自身でもあるようです。

 別の展示室では、ポール・コックスの作品が特別展示されています。

 ゆっくり見学させていただいて、お昼は何にしようかということになったのですが、流石に連休中なので岡谷といえば「うなぎ」といいたいのですが、うなぎのお店も人気のお蕎麦屋さんも順番待ちでした。
 少々待ってもいつお昼をいただけるかもわからない様子でしたので、「すき家」でお昼をいただきました。

 上田が「蚕都」であれば、岡谷は「シルクの都」または「糸都」ともいわれるように、製糸業で栄えたところです。その当時の大切な文化遺産を訪ねることが出来ます。
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 行ってみたいところはたくさんありますが、時間も限られていますので回り切れなかったところはまたの機会にしましょう。


 こちらのレトロな建物は、「糸都」岡谷を代表する「旧山一林組製糸事務所・守衛所」で、現在は「岡谷絹工房」として中も見学できるのですが、この日は残念ながら休館日でした。岡谷の製糸業全盛期をしのぶ大切な文化遺産といえます。この建物自体が国の登録有形文化財に指定されています。

 敷地内にはお蚕さんを育てるための原点となる、桑の木が植えられていました。

 次に向かったのは、「岡谷蚕糸博物館 シルクファクトおかや」です。岡谷の製糸業は明治・大正・昭和にかけて飛躍的に発展し、日本の製糸業自体を牽引してきたということです。製糸業に必要な機械・器具・貴重な資料が展示されて、シルクの街 岡谷を今に伝える全国的にも珍しい博物館です。

 

 受付を終えると右手に、生きたお蚕さんが人工飼料を食べていました。以前日本で一般的に飼育されていた種類とは違いますので、ややグロテスクな感じがしました。そして、触ってもいいということですが手の消毒をしてくださいということです。夏の暑い時期、桑を食べているお蚕さんに触ると、冷たくて気持ちがいいんですが、小さい時期のお蚕さんは特にデリケートでカビや化学物質に弱いので注意しましょう。


 絹糸が製糸されるまでの工程に、蚕糸産業の歴史と国内外の出来事を掲載した年表に、製糸が盛んだった頃の岡谷の様子、女工さんたちの仕事と暮らしがパネルで紹介されています。

 そして時代ごとの煮繭器、製糸機などが保存状態も良く展示されています。

 明治時代の操糸機は、手造り感の漂う民芸品的な温かみを感じますが、大正、昭和と時代が進むにつれて寸分の狂いもない、大型精密機械のようです。

 こちらのコーナーには何とも懐かし蚕具が展示されています。農家の方でしたら見覚えのあるものばかりですが、すっかり姿を消してしまいました。

 こちらの蚕箔はにもいろいろなものを天日干しするのに、オフシーズン一も活躍していました。

 藁のゾクに回転ゾク、そして毛羽取り機も懐かしいですね。ゾクは地方によってマブシともコスとも言いますがゾクの草冠に族という漢字がパソコンでは出てきません。便利なようで融通の利かない世の中です。

 猫の掛け軸が展示されていました。ネズミは穀物だけでなく大切な絹糸をとる繭も食い荒らすので、猫は農家にとって大切な守り神のような存在だったのではないでしょうか。

 こちらのコーナーでは、天蚕というヤママユの糸取りをしている作業を見学できます。

 こちらの装置は繭検定用自動操糸機で、4項目の品質評価を行う計器が取り付けられた操糸機です。

 こちらのコーナーでは宮坂製糸所のシルク製品、シルクの石鹸、保湿ローションを実際に使わせていただきました。シルク石鹸で洗っただけでもて手がしっとりツルツルになりましたが、保湿ローションと併せて使うと更に効果が長持ちします。

 その隣では懐かしい繭が展示されています。「日本酒」ではなくて「日本種」の右下の品種「小石丸」という品種は、天皇陛下が飼育されている日本古来の品種だということでした。受付の右手で飼育されていた3種類のうちの一つが「小石丸」でしたね。

 黄繭種やヤママユなどの珍しい繭も展示されています。

 遺伝子組み換えにより、光る絹糸がつくられるということです。

 衣料品以外のインテリア用品にも絹糸を使う試みがされています。こちらのスタンドの傘の部分は接着剤を使用しないで、絹糸だけで作られているということです。何とも温かみのある明るさが落ち着きます。
 様々な分野でまたまた絹糸が使われて、この日本でも再び養蚕が盛んに行われるようになったら何と嬉しいことでしょうか。

 こちらの宮坂製糸所の生糸出荷ラベルに使用している商標はこの「おかめ」の面のデザインだということです。

 ファクトリーショップにはお洒落な絹製品がたくさんありました。

 歴史的にも貴重な資料を見学させていただきましたが、この資料の数々はこ方、片倉兼太郎氏の力なくしては語れないと思います。

 敷地内のあちらこちらに桑の木が大切に植えられています。苗木の販売もされていました。

 ゆっくり見学させていただいて湖畔公園に向かいました。

 「琵琶湖周航の歌」の創作者、小口太郎氏のブロンズ像と歌碑がありました。この方もここ岡谷市の出身だったのですね。

 そして最後に「釜口水門」に来ました。対岸の公園内も散策したかったのですが、みんな冷たいのもが飲みたいというので、またの機会にしてコンビニを探しました。諏訪・岡谷は今年は御柱がありますので活気があっていいですね。また繊維が盛んな頃には人も多く更に活気があったのではないでしょうか。まだ行ってみたいところもたくさんありましたが、またの機会を楽しみにしましょう。

神社仏閣を訪ねて(7)善光寺「御開帳」

 

 お釈迦様の時代インドの天竺という地の月蓋(がっかい)という長者に、如是姫という一人娘がいました。月蓋はこの如是姫を大変かわいがっていたのですが、ある時、当時はやっていた悪疫にかかってしまいます。どんな治療をしても如是姫の病は直らなかったということです。

 

 日頃ケチな上に不信心で釈迦が托鉢に来た時でさえ何も差し上げなかった月蓋が、この時ばかりは釈迦に泣きながらおすがりすると、釈迦は西に向かいて「南無阿弥陀仏」と唱えるようにと申された。月蓋は釈迦の教えに従って一心に「南無阿弥陀仏」と唱えると、阿弥陀如来様とお弟子の観世音菩薩様と大勢至様が現れてまぶしいほどの光を放ちました。その光が如是姫様の枕元に届くと病はたちまち回復したということです。

 

 月蓋は如是姫様の病を治していただいたことに感謝して、阿弥陀如来様のお姿を「一光三尊阿弥陀如来像」にして祀られていました。その仏像は時を経て朝鮮半島百済へ渡り、その後日本の欽明天皇のもとにもたらされました。

 

 しかし物部氏蘇我氏の争いの後、物部氏によって難波の堀に沈められてしまいました。その後信州麻績の里(現在の飯田市 座光寺)の住人 本多善光公が、難波の堀から阿弥陀像を救い上げてお連れしたのが元善光寺の起源ということです。

 

 その後、阿弥陀如来様のお告げによって現在の善光寺の地に移られたということです。「一度は詣れよ元善光寺 善光寺だけでは片詣り」といわれますので元善光寺の「御開帳」もお参りしたいところですが、さすがに同じ長野県とはいっても遠いですよね。元善光寺の「御開帳」は4月3日から6月29日まで行われているということです。

 

 長野駅前の如是姫様の像は善光寺の御本尊 一光三尊阿弥陀如来様に病気を治していただいたことに感謝して香花を善光寺の方角にささげておられるということです。

(色々知っているように投稿していますが全て受け売りです。)

 

 

 新型コロナウイルスの感染が拡大して、一年延期して開催された今年の御開帳ですが、開催できて本当によかったです。回向柱には光触媒という抗ウイルス対策のための特殊なコーティングをして、さらには回向柱に触れる前後でアルコール消毒をするということですが、それでも用心に超したことはないので、混雑する前にお参りしたいということで朝6時に家を出ました。

 

  回向柱に触れさせていただいて本堂をお参りしました。仲見世のお土産やさんを見ながらいつもの通り善光寺世尊院をお参りします。世尊院のご本尊さまは釈迦涅槃像ですので釈迦堂とも呼ばれています。世尊院の回向柱はそのご本尊さま釈迦涅槃像と繋がっています。



 

 釈迦堂 世尊院の回向柱で作られたお守りを買いました。どこにつけようか楽しみです。

 

  善光寺は度重なる火災に遭い今の場所に再建される前は、こちらの延命地蔵尊の辺りに世尊院と向かいあう場所に建てられていたということです。

 

  

 東日本最大の木造建築である善光寺本堂とはまた違った趣あるきれいなお寺さんです。善光寺は来世をお守り下さるお寺さんで、世尊院は現世をお守り下さるお寺さんですから、どちらもありがたくお参りしましょう。 

 

  次にお参りしたのは西方寺です。1199年 浄土宗の開祖 法然上人が善光寺を訪れたときに、権堂の往生院の地に開創したということです。善光寺の火災の際に、ご本尊さまが移り7年間 善光寺の仮本堂として役目を果たしたということです。そして現在もなお善光寺の仏像の避難所となっているお寺さんです。

 

 

  本堂の手前の左手にチベット大仏さまが祀られている二尊極楽堂があります。こちらにもチベット大仏さまと繋がった回向柱が立てられいます。「命の回向柱」または「幸せの朱の回向柱」と言われて、大仏さまの命を分けていただいて健康で長生きができるということです。

 

 

 

 ただ今回は新型コロナウイルスの感染に考慮して、直接回向柱には触れることはできませんでした。このチベット大仏さまはダライラマ14世が来日して、ビッグハットで講演を終えた後立ち寄り、魂となる胎内仏を入れる「開眼法要」が執り行われたということです。

 

  いつもは大仏さまに向かって左手から入って、このお堂を1周して極楽往生して生まれ変われるという「迷走修業回廊」があるのですが、今日は入ることはできませんでした。この回廊の大仏様の真後ろに胎内仏と同じ仏像が祀られています。

 



 

 

 案内の方にリーフレットをいただいて、「大仏さまの写真は撮っても良いですよ」ということでしたので、ありがたくきれいなお姿を撮らせていただきました。(実は以前もガラス越しに撮らせていただいたことがあります)

 

 

 5月1日 天気は下り坂でしたがいよいよ降り始めてきました。仲見世通りは来るたびに楽しそうなお店がOPENしているような気がします。こちらの「すみっコぐらし堂」は大変な人気で整理券をいただいて、時間を分けて入店させていただくことになっていました。

 

 

 娘たちがこちらで買い物をしている間、自分は向かいの信州堂さんというお店を見させていただいて、八幡屋磯五郎の御開帳記念の「柚子七味」と「七味唐辛子」を買い求めました。

 

 

 少し早いけどけっこう歩いてお腹も空きましたのでお昼にしようと思ったのですが、小菅亭さんはまだ準備中だったので少し待たせてもらいました。蕎麦ももちろん美味しいのですが、ご主人が猫好きなのでしょうか。いたるところに猫の置きものがあってとても楽しいです。

 

 

 

 この向かって右隣りのお店は赤塚酒店さんでした。前回はたしか順番を待っているときに天気も良くて暑いぐらいの日でしたから店の中にお邪魔して、冷たい飲み物を買ったりお酒を買ったりしたのを思い出しました。7年前と変わらず感じのいいご主人でした。

 

 県下のいたるところのお酒がそろえられていて楽しかったのを覚えていいます。そんなわけでついつい今日もお邪魔してみました。今日買ってきたのは「大雪渓」と並んで「山の酒」で有名な 純米吟醸 雪中埋蔵の「白馬錦」です。

 

 アルコール分 16度  精米歩合 55%   

 香りはとても華やかな熟成感と透明感のある果実臭が美味しさをものがたっているようです。一口いただくと広がる甘みと酸味はとてもまろやかですが。微妙に活性酵母のようなシュワっとする感じが爽やかでとても美味しいお酒です。

 

 

 一年延期になりましたが今回も御開帳に詣でることが出来ました。お釈迦様の時代から繋がっている善光寺とは何ともありがたいお寺でしょうか。「遠くとも一度は参れ善光寺」といわれるように、一生に一度お参りすることで極楽往生が叶うといわれるほどですから、駐車場はこの日もほとんどが県外ナンバーの車でいっぱいでした。長野県に生まれた自分達はそのありがたさに感謝しましょう。