satoyamanekokunのブログ

猫たち、お酒、山に虫、神社仏閣、全くまとまりのないブログですいません。

死ぬまで山歩き「19」思い出④

 

 日付の入った写真を見ると「97.7.21」とあったので、「思い出③」の翌年に間違いなさそうです。写真はどれがどの順番やら、とても怪しいのですが、この年は、扇沢から蓮華岳針ノ木岳ースバリ岳ー赤沢岳ー鳴沢岳ー岩小屋沢岳の山行だったと思います。

 

  

 黒部ダムの長野県側の玄関口、扇沢駅の左の沢をしばらく歩くと、針ノ木雪渓に入ります。けっこう勾配がありますので、軽アイゼンをつけました。雪渓の脇はチングルマが見ごろだったと思います。

 

            

 徐々に勾配がきつくなりますが、「雪渓の喉」と呼ばれる細くて急な斜面を過ぎると、もうすぐ針ノ木峠です。

 

 

 今晩お世話になる針ノ木小屋は、標高2536mの針ノ木峠に建っています。「山を想えば人恋し、人を想えば山恋し」の句で有名な百瀬慎太郎さんが創設した山小屋です。宿泊の手続きをしながら、ご主人と思われる方だったので、考えるともなしに「百瀬慎太郎の血筋の方ですか」と聞いたところ、「はい、孫に当たります」と答えられました。

 

 何ともびっくりして、「今日はすごい方とお行き会いしました」と言うと、「いや、別にすごくはないですがね」と言っておられましたが、自分としてはかなり驚いた覚えがあります。

 

 百瀬慎太郎は、大町市の旅館「對山館の家業を経営しながら、日本山岳会に入り、大正5年(1916年)大町に鉄道が通って駅ができると、登山客が増加したため翌年1917年に大町登山案内人組合を設立、現在の登山ガイド組織の先駆者として、北アルプス登山の歴史に大きな貢献をされた方です。

 

 家業の「對山館」には、「ウォルター・ウエスト」や「若山牧水」などの著名人も泊まれたということです。大正14年に、北アルプス裏銀座コースや後立山連峰の玄関口として拠点となる山小屋「大沢小屋」を創設、昭和5年にはこの「針ノ木小屋」を創設しました。

 

 後に、長女 美江さんが経営を引き継ぎ、1970年には美江さんの長男で現在のオーナー百瀬 堯さんが引き継いでいるということです。毎年6月第1日曜日には、百瀬慎太郎氏の業績を讃える「慎太郎祭」が開催され、北アルプスの開山祭と共に、様々なイベントが開かれます。

 

 

 早速、荷物を置かせていただいて蓮華岳に登ってみましょう。標高2799mかなり存在感のある山です。白い輝石安山岩とハイマツの緑がきれいですが、この日は残念ながらガスが出てきてしまいましたので、頂上の展望は期待できませんでした。

 

 一般的には、針ノ木峠から白馬岳までが「後立山連峰」と言われていますが、こちらの蓮華岳後立山連峰の南端とも言われています。

 

 

 蓮華岳針ノ木岳は、コマクサの群生地としても有名です。霧がかかり、細かい安山岩のガレ場はコマクサにとって、最高の生育環境といえます。

 

 

 イワベンケイヨツバシオガマも見ごろでした。

 

 この日も梅雨明けしたばかりのトップシーズンでしたが、針ノ木小屋はさほど混雑した様子でもなくて安心しました。低いところに窓のある、天井裏みたいな楽しい部屋でゆっくり休ませていただきました。朝のうちはまたガスが出ていましたが、針ノ木岳をめざして一気に登りましょう。

 

 

 さて、針ノ木岳までの工程がどんなだったか忘れてしまいましたが、コマクサの群生地に来た頃はすっかり天気が良くなりました。初めて白い花の咲いている株を見つけたのですが、確認できるような写真は撮れませんでした。

 

 

 ベニバナイチゴシナノキンバイでしょうか?

 

 

 針ノ木岳頂上が近づいてきました。そして2821m針ノ木岳に着きました。

 

 

 展望が楽しみだったのですが、少々霞んだ感じがします。これはこれで「あの山、どこだろう」と、探す楽しみがあって良いかもという気がします。

 

 

 

 キヌガサソウアカバシモツケソウでしょうか。

 

 

 タカネツメクサにシコタンソウでしょうか?やっぱりピンボケでした。

 

 こちらがスバリ岳かな?針ノ木岳から種池山荘までの工程はすっかり記憶から遠ざかってしまっています。

 

 

 赤沢岳だったかな?西尾根には黒部湖まで続く岩稜で、この尾根の途中2533m地点には「猫の耳」と呼ばれる奇岩があります。猫の後頭部のシルエットのようでかわいい形をしています。(右の写真)

 

 こちらは鳴沢岳だったかな?この赤沢岳と鳴沢岳のはるか下辺りを扇沢から黒部ダムまで関電針ノ木トンネルがあって、以前はトロリーバスだったのですが、今は電気バスが運行しています。

 

 人間が踏み入れることすら拒むかのような黒部川上流に、こんな壮大な計画を立てて実行したわけですから驚くばかりです。以前、東京電力尾瀬に巨大なダムを建設する計画があったようです。柏崎刈羽原発が再稼働されるということですが、電力に限らず、色々な意味で環境に配慮した生活を心がけたいと思います。

 

 

 左手の眼下に黒部ダムを見ながら進みます。黒部ダムの対岸は立山連峰ですが、雄山の頂上は雲の中でした。

 

 

           

 岩小屋沢岳から種池山荘までは、距離はありましたが、安心して歩ける稜線だったような気がします。鹿島槍は西から雲が滝のように流れていました。すっかり夕刻でしたが、暗くならないうちに扇沢に下らなくてはいけないので、ほとんど駆け足で柏原新道を下っていきました。

 

 下に降りたころ扇沢には人気がありませんでした。タクシーが一台、通りがかりにスピードを落としてくれましたが、駐車場を指さすと手を合上げて下っていきました。

 

 針ノ木峠というと百瀬慎太郎の他にも、遥か戦国の世に極寒の立山、ザラ峠と針ノ木峠を超えたとされる佐々成正を思い浮かべます。佐々成正は織田信長の精鋭部隊「黒母衣衆(くろほろしゅう)」の筆頭だったということです。本能寺の変」で信長が討たれると暗雲が立ち込め、家康に挙兵を求めるために、わずかな供を従えて浜松に向おうとしましたが、周りは敵だらけです。

 

 そこで、敵の目を避けるために、ザラ峠、針ノ木峠を超えたとされていますが、飛騨経由で安房峠を超えたという説に、山岳地帯を避けるために、日本海沿岸を北上して、糸魚川を経由したのではないかという説があるようです。

 

 

 今は男女ともに薄くて、丈夫でお洒落な用品がそろっていますから、ゴワゴワ、チクチクのニッカズボンなどすっかり見なくなってしまいましたが、この頃は、ニッカズボンを初めて買って、嬉しくていつも使っていました。久しぶりに使ってみようかなと思って引っ張り出したら、虫に喰われて穴だらけになっていました。

 

死ぬまで山歩き「18」思い出③

 まだ11月というのに、朝は真冬のような寒さになってしまいました。わずか一ヶ月ちょっと前は、まだ「暑い!暑い」が口癖になっていたような気がします。初めての北アルプス山行の翌年だったと思います。八方尾根から五竜岳鹿島槍ヶ岳爺ヶ岳を縦走しました。

 

 今日のうちに五竜山荘まで行きたいので、最初はゴンドラとリフトを使わせてもらいました。この頃は、まだ足にも自信があったし、限られた休日の中で計画を立てるので、普通は3泊4日のコースを2泊3日で行動することに無理があります。

 

 八方尾根でリフトを降りて歩きはじめると、左手に五竜岳の堂々とした姿が見えました。有名な雪形「武田菱」が見える角度とはまた違う姿をしています。

 

 雲の切れ間から鹿島槍ヶ岳が見えました。明日は登れるだろうか?写真は相変わらず、手振れにピンボケでどうしようもないですが、この角度から見た鹿島槍は、双耳峰が特徴的できれいです。

 

 湿地のワタスゲですが、数が見事です。

 

 湖面に白馬三山が映ることで有名な八方池が見えてきました。少しがっかりしますが、ガイドブックなどで見るほどきれいな池だとは思いませんでした。

 

 

 雲の中から白馬三山の鑓ヶ岳が見えました。そして天狗の頭へと続きます。

 

 

 天狗の頭から唐松岳の間に、不帰ノ嶮と呼ばれる難所があります。天狗の大下り、不帰ノキレット、不帰ノⅠ峰、Ⅱ峰、Ⅲ峰へと続きます。

 

 

 ウラシマツツジシラネアオイですが、この辺りで撮ったのかはとても心配です。

ネガフィルムをみつけると判別できると思いますが、気が遠くなりそうです。

 

 唐松頂上山荘から見た唐松岳です。唐松頂上山荘から唐松岳はわずかな工程ですが、この日は確か先を急ぐので、一休みして五竜山荘に向ったと思います。

 

 

 日当たりの良い平地は、春のようなお花畑が広がっています。

 

 

 

 

 結構な岩場もあったと思いますが、記憶は限りなく曖昧です。牛首岳、大黒岳を経由して遠見尾根をめざしますが、五竜岳が目前に迫ってきました。

 

 

 写真がヘタクソですが、チシマギキョウとウラシマツツジの中に咲いている赤紫の花は、ヨツバシオガマだと思います。

 

 

 遠見尾根分岐点まで来ました。もう直ぐ今晩お世話になる五竜山荘です。この近くでかわいいウサギギクが咲いていて、明日の朝、写真を撮ろうと思って、次の日来てみると毛虫に食べられていました。

 

 

  五竜山荘から夕陽を浴びた五竜岳と、その左脇に鹿島槍ヶ岳が見えますが、まだまだ遠くに見えます。

 

 アルバムの中に五竜山荘の領収書が入っていました。五竜山荘は中央に通路があって、その両側が二段ベッドのような造りになっていす。昔の山小屋といった感じで、落ち着きます。トップシーズンでしたが、すし詰め状態でもなくて楽しかった覚えがあります。

 

 

 朝の鹿島槍ヶ岳です。お世話になった五竜山荘を後に登り始めました。

 

 

 暫しなだらかに登りますが、いよいよ五竜岳の核心部に差し掛かります。

 

 

 高所恐怖症だから岩にへばりつくようにして、やっとの思いで五竜岳山頂に来ました。北は白馬岳方面でしょうか?

 

 

 西には剱岳がそびえたつように見えていました。南には鹿島槍ヶ岳までの岩稜が続いています。

 

 

岩場の連続で、一時も気が抜けませんが、八峰キレット小屋に到着しました。岩と岩の間にはめ込まれるように建っています。小休止して、またいきなり鎖場が待っていました。

 

        

                              

 八峰キレットの核心部の奈落の底に下りて行くような、ほぼ垂直の梯子は今でも夢に出てきます。

 

 

 鹿島槍ヶ岳の北峰を巻くようにして、北峰と南峰の最低鞍部に着きました。稜線を境に西側は、下から真冬のような冷たい風が吹き上げていましたが、雪渓の残る東側は、風もなく春のようなぽかぽか陽気でした。大自然の中では、自分などケシ粒のようなものです。

 

 

 鹿島槍の北峰にも登りたかったのですが、ここまで来るのにけっこうクタクタになってしまいました。南方に登って、今夜お世話になる冷池山荘をめざします。この先の登山道は、今までの岩場、鎖場の連続とは違ってホッとする思いがしました。

 

 楽しみながら歩いていると、今夜お世話になる冷池山荘が見えてきました。

 

 

 冷池山荘は流石に登山者も大勢泊まっていましたから、確か階段の踊り場で、自分のシュラフで寝させていただいたと思います。朝、表に出て眺めると、朝日を浴びた鹿島槍と南に爺ヶ岳が目前に迫っていました。

 

 今日は、こちらの爺ヶ岳をめざしますが、いつも思うのは歩き始めは苦しいです。しばらく歩いて体温も上がって汗が出始めると、とても体が楽になります。

 

 

 爺ヶ岳は三つの峰があって、北峰、南峰、中央峰から構成されていて、最高峰は本峰とも呼ばれる中央峰です。西には立山連峰の雄山が堂々とそびえています。

 

 さらに左手の奥には、槍穂高連峰が霞んで見えます。

 

 眼下には、今回の山行の終着駅ともいえる扇沢が確認できます。

 

 こちらから眺める鹿島槍ヶ岳は、また堂々とした姿です。

 

 朝から、ヘリコプターが扇沢からあちこちの山小屋を行き来しています。食料品などを空輸しているのだと思いますが、忙しそうです。

 

 

 種池山荘で一休みして、柏原新道を下って扇沢に向います。冷池山荘に種池山荘も「池」という漢字がついていますが、この辺りには小さな池がたくさんあります。クロサンショウウオの生息地としてとても貴重な池です。また、山小屋の貴重な水源にもなっています。

 

 扇沢まで下ると、暑い下界が待っていました。側を流れている川の水で、思いっきり頭と顔を洗わせてもらいました。五竜岳鹿島槍ヶ岳爺ヶ岳の縦走も無事帰ってくることができました。難所も多い登山道だったので、思い出深い山行でしたが、さて、扇沢から八方尾根の登山口まで、どうやって車を持ちに行ったのだろうか?まったく記憶にございません。

 

 

死ぬまで山歩き「17」思い出②

 「思い出①」の同じ年だったと思います。この年、二度目の北アルプスで、やはり記憶は限りなく曖昧なのですが、9月上旬だったような気がします。夏は大人気の白馬大雪渓から、白馬岳ー小蓮華山ー白馬大池を経由して、栂池自然園を縦走しました。

 

 確か登山口の猿倉に向う途中で撮った白馬岳だったと思います。猿倉から歩きはじめますが、雪渓入り口の白馬尻小屋に向うまでの間も、ハイキング気分で楽しかったのを思い出します。

 

 歩き始めてすぐに、白馬鑓温泉小屋方面との分岐があります。

 

 白馬尻小屋で一休みして、いよいよ白馬大雪渓に入ります。

 

 真夏だったら、涼を感じながら雪渓の上を歩けるのですが、この時期の雪渓は表面が黒ずんで痩せてきてきていますから、登山道は雪渓の脇に移動しています。登山者は多いですが、雪渓を歩くのは真夏が最高だと思います。

 

 

 

 

 

 

 またこの時期は、雪渓の下が空洞状態になったシュルンドがたくさんあって、時々崩落する音が聞こえますが、間違っても近づかないようにしましょう。また登山道の赤丸印も見落とさないように注意しましょう。

 

 

 

 そろそろ雪渓も終わりのようです。9月に入ると、北アルプスの山小屋辺りでは初氷の張る季節です。たぶん何回か霜も降りている時期だと思いますから、花はほとんど見当たりませんが、ミヤマアケボノソウとミヤマトリカブトが咲いていました。

 

 夏はきれいなお花畑の葱平(ねぶかっぴら)に来ました。シロウマアサツキが自生していることからこの名がついたとされています。

 

 勾配がきつくなってきました。山では水は貴重です。登山道脇をきれいな小川が流れていたので、時々いただきながら歩いたのですが、いよいよ登ってきたこの辺りに「この水は飲めません」と立て看板がありました。

 

 やはり、同じくらいのペースで登っていた二人連れの片方の方も「もう思いっきり飲んじゃったよ」と言っていましたから、同じ立て看板を下流にも立てておいてほしいと思いました。長い行程でしたが、もうじき白馬村 村営 頂上宿舎です。

 

 左手の雲の中から杓子岳が浮上するように現れました。

 

 杓子岳の奥は白馬三山の鑓ヶ岳です。槍・穂高連峰槍ヶ岳とは別で、「鑓」と「槍」は戦国時代から室町時代に使われた長尺の武器ですが、歴史的背景に微妙な違いがあるようです。山は見る方向でかなり表情が違いますが、この方向からだと「鑓」という鋭さは感じないです。

 

 

 村営 頂上宿舎で一休みして、更に登ると今晩お世話になる白馬山荘が見えてきました。白馬山荘は日本最大の山小屋で、当時は1500人収容で来るということでしたが、トップシーズンのすし詰め状態の収容人数だったと思います。新型コロナウイルスの感染拡大以降は800人となっていました。

 

 

 早速、荷物を置いて白馬岳山頂に登ってみました。西には立山連峰剱岳が見えていて、目の前にかわいい雷鳥も姿を見せてくれました。

 

 この時期は登山者も少なくて、広い部屋でゆっくり休ませていただいて、次の日は小蓮華岳白馬大池乗鞍岳を経由して栂池自然園に向います。3000メートル近い標高の朝は冷え込みます。雨具は防寒着にもなるので助かります。

 

 

 足元を見ると、花はすっかり終わったチングルマの綿毛にウラシマツツジの紅葉がきれいです。

 

 

 白馬大池が見えてきました。この日の午前中は確か天気が良くありませんでした。色は良く出ませんが、ナナカマドの紅葉とハイマツのコントラストがきれいでした。

 

 ゆっくり写真を撮ったり、休んで歩きはじめる頃は、さらに霧が濃くなってきました。しばらく歩いてから気が付いたのですが、いつも近くを歩いていた二人連れの方たちの姿がありませんでした。

 

 嫌な予感がしたので、急いで戻ってみると霧の中で案内を見落としていて、栂池方面とは逆の新潟方面に向かって歩いていました。

 

 そのお二人に追いついて、そんな話をしたところ、群馬県から来たのだということでした。何処の温泉だったか、すっかり忘れてしまいましたが、一緒に温泉に入って、一緒にお昼いただいて分かれました。

死ぬまで山歩き「16」思い出①

 連日のようにクマの出没に被害が報告されています。この辺りでも浅間山麓は個体数が多いので、登山道のいたるところに「クマ出没注意」という立て看板があります。こちらの八ヶ岳山麓では個体数は少ないということですが、目撃情報はありますので注意しなくてはいけないと思います。

 

 千曲川を境に生き物の生態系に違いがあって、クマ、イノシシ、サルの個体数は浅間山麓の側が個体数が多いようです。シカは圧倒的にこちらの八ヶ岳山麓が多いでしょう。またこちらでイノシシを見かけたことはありませんが、サルは最近、目撃例が多くなってきました。

 

 タヌキやキツネも子供のころ見たことはないです。シカなどはさらに童話などにでてくる架空の動物くらいにしか思っていませんでした。本来、夜行性だったり山の奥で暮らしていた動物たちを頻繁に見かけるようになったのは、動物たちの生活環境を変えてしまったことがいちばんの原因だと思います。

 

 ひたすら登る以外にも、山菜取りなどの里山を歩くのも好きなのですが、流石に最近は怖いので山歩きも控ています。既に30年ほども前のアルバムを開いてみたら、すっかり印画紙の色も褪せて来ていたので、記憶を辿ってまとめてみようと思います。

 

 初めて入る北アルプスに何だか緊張しながら、登山口の中房温泉から合戦尾根を登ります。北アルプスでは、いちばん人気の「表銀座コース」です。おまけに梅雨明けしたばかりのトップシーズンでしたから、登山道は大賑わいでした。

 

 どこの山に登っても尾根とよばれる登山道は汗かきコースですが、こちらの合戦尾根は燕山荘までの標高差約1300m を5.5kmの工程で登っていきますので、かなりの急坂です。丸太の梯子や階段が多いことでも知られていすが、途中にベンチのある休憩所に、中ほどには合戦小屋がありますから、疲れを癒しながら登りましょう。

 

 

 やっとの思いで稜線に出ました。梅雨明けはしたものの、この日この辺りはすっかり濃い霧の中でした。この頃は着るものにもこだわらず、着の身着のままで普段着ているような綿のものだったので、汗を吸ってすっかり濡れてしまって、急いで着替えましたが、危うく低体温症で死ぬところでした。

 

 

 燕山荘にも泊まってみたいのですが、今日はこちらは通過点です。一休みして早速、燕岳に向います。天気さえ良ければ、この向こうに槍ヶ岳が見えるはずなのですが少し残念です。

 

 燕岳は、花崗岩の白とハイマツの緑のコントラストがとてもきれいな山です。この日は少々残念ですが、雨にならなかっただけ感謝しましょう。

 

 

 行きがけは霧の中で見落としていたのでしょうか、燕山荘の手前右側に有名なイルカ岩をみつけました。

 

 ベンチでお昼をいただいて、大天井岳めざして出発!合戦尾根に比べたら稜線の登山道は息を吹き返す思いがします。

 

 

 燕岳から大天井岳、西岳を経て槍ヶ岳に向うこの登山道は「喜作新道」とも呼ばれています。大正9年、猟師で殺生ヒュッの創設者、小林喜作が長男 小林一男と共に3年の歳月を費やして開拓した道で、それまでは3~4日を要した中房温泉から槍ヶ岳の縦走が1~2日で可能になったわけです。

 

 大天井岳常念岳槍ヶ岳の分岐点手前の大岩には小林喜作の功績を讃えるレリーフがあります。そして、大天井岳手前の分岐まで来ました。天気が悪くても重要な分岐点は見落とさないようにしましょう。

 

 夕刻クタクタになりながら、今夜お世話になる「大天荘」に到着しました。この頃は確か穂高町町営だったと思いますが、現在は燕山荘などと一緒で会社経営になっていました。スタッフの方に「後ろにまだ何方かいましたか」と聞かれましたが、自分たちのことで精いっぱいでそこまで、全く確認していませんでした。荷物を置いて早速、大天井岳頂上に登ってみました。穂高の峰々は雲がかかっていますが、前穂と涸沢カールはくっきり見えていました。

 

 何だかピンボケ写真ばかりですが、この頃はまだデジタルカメラはありませんでした。市販品以外はあったのかな・・・?撮ったフィルムを帰ってプリントするまでは何もわかりません。まあ、それがまた楽しみだったようにも思います。

 

 槍の穂先も暫くは雲がかかっていましたが、今日初めて見ることができました。山小屋は大変な混雑状態でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大以降は予約制になっているようです。この頃は、訪れた登山者は全員宿泊めることになっていたので、山小屋のスタッフ皆さんは大変だったと思います。

 

 今では考えられませんが、全く知らない方と隣り合わせで、仰向けには寝れなくて、横になったまま寝返りも打てない状態です。頭と足を交互に向けることになっているので、頭の後ろにも顔の前にも隣の方の足があります。

 

 なかなか寝付けなかったのですが、それでも疲れていたので少しは寝たような気もします。たぶん寝不足だったと思います。自分はとにかく寝相が悪いので、隣の方の顔を蹴ってしまわないか、とても心配でした。

 

 2日目は昨日の天気が嘘のように快晴でした。

 

 朝ご飯をいただいて、水をいただいてお世話になった大天荘を後にします。だいぶ歩いてから気が付いたのですが、支払いをして水をいただいて、喜んで出発して昨夜お願いしておいたお昼のお弁当を忘れてしまいました。

 

 既に1時間以上も歩いているので、今から戻ったらかなり時間のロスになります。よくよく考えたら、この先に常念小屋があるので、慌てることもなかったのですが、この時は、この世の終わりのような気持になってしまいました。

 

 常念岳が迫ってきました。

 

 右下を見下ろすと、左手奥に上高地が見えています。

 

 ちょうどお昼時です。お弁当にはドキドキしましたが、常念小屋が見えてきました。

 

 東を眺めるとはるか奥に、いつも家から北に見える浅間山麓が見えています。

 

 常念小屋でお昼をいただいて、リュックを置いて常念岳に登ります。西を見ると、東鎌尾根が槍ヶ岳まで続いています。きれいに見えていたのに、プリントしてみるとやはりピンボケでした。

 

 常念岳頂上も大変な混雑です。あまりのんびり座っている訳にも行かないのですが、それでも記念に撮ってもらいました。時間さえあればこの先、槍ヶ岳から上高地に向うのも魅力いっぱいですが、限られた時間の中なので、この時は初めての北アルプスだったので、とても緊張しながらも思い出に残る山行でした。

 

 帰りは確か横浜から来たという方だったと思いますが、一緒に話ながら一ノ沢林道を下って、穂高町のお蕎麦屋さんで一緒にお蕎麦をいたいた思い出があります。

暇さえあれば虫探し「16」

 

                

すっかり先月のことです。なかなか山にも出かけられなくて、天気も微妙ですが、どんなチョウたちに会えるかなと思いつつ、小諸市の通りがかりのセブンイレブンで買い物をして、駐車場から北八方面に浅間山方面を眺めると、どちらも雲がかかっていました。

 

 

池の平湿原の駐車場に到着して、駐車料金を払おうと思ったら、係員の方に「懐かしい曲ですね」と声をかけられました。「青い三角定規好きなんです」と答えると、「私も好きです。同じ年代かな」ということで話がはずみました。

 

東御市は知り合い多いので、もう少し話してみれば良かったかな?と後で思いましたが、帰りに「気をつけて帰って」と声をかけてくれました。早速、「父の日」に娘に買ってもらったとっておきの帽子をかぶって出かけてみました。

 

 

花の盛りは過ぎていたようで、花が咲いているとたくさんのチョウたちが群がって吸蜜していました。オオチャバネセセリばかりだったり、ウラギンヒョウモンにクジャクチョウも一緒にいたり大賑わいです。

 

 

こちらのマルバダケブキには、ベニヒカゲだけたくさん集まっていました。

 

何と、自分の山靴にもとまってくれます。少し汗をかいたりすると、リュックや帽子に腕などに直接とまってくれることもあって、とてもかわいいチョウです。虫嫌いな方でも、どうか追い払ったり、叩いたりしないでください。

 

 

 

アサギマダラと言うと、ヒヨドリバナかフジバカマが好きですが、キオンにマルバダケブキにとまっていました。

 

 

 

 

 

                                                                                   コケモモ

 

                             ハナイカリ

 

                             ヤナギラン

 

                           ツリガネニンジン

 

                            マツムシソウ

花の数は少なくなっていましたが、まだまだ自分の好きな、こんな花も咲いていました。

 

 



 

                                鏡池

 

                  鏡池近くで行き行き会ったミヤマアカネ

 

                     ウメバチソウとアカハナカミキリ

 駐車場近くの小鳥の水飲み場です。今日は午後も天気は持ちそうなので、広場のベンチでお昼をいただいて、湯ノ丸方面にも行ってみましょう。

 

 

駐車場から歩きはじめると、希少種で絶滅危惧種のチョウたちの「捕獲禁止」の警告看板がありました。メルカリで検索すると、この看板に表示されている3種類のほかにも、絶滅危惧種が産地まで表示されて売られています。

 

湯ノ丸キャンプ場はテントも最近のものに代っていてきれいです。この辺りでも捕虫網を持った方を見かけることがあります。どうかこういうチョウたちに、高山植物などの捕獲や売買は厳しく取り締まってほしいものです。

 

 

臼窪湿原には花がありませんでしたが、キャンプ場周辺には、ウラギンヒョウモンとオオチャバネセセリがアザミの花にとまっていました。

 

楽しそうなタイトルに引かれて読んでみました。転校生の吉岡蛍子の父は、大学の農学部で昆虫の研究をしていることから、小さいころから昆虫採集に連れて行ってもらっていて、自然と昆虫が好きになっていました。

このクラスで、ホタルの生息する川を清掃するボランティアを5人募集していた。吉岡はもちろんホタルを見たい思いから参加したいと思っていましたが、このクラスでは孤立しています。高校受験を控えた中学3年生たちが、それぞれのコンプレックスや将来のことついて悩みつつ、色々なことがきっかけとなて川を清掃するボランティア活動に参加ていく。

 

ボランティア活動の当日は、あいにくの雨になってしまいましたが、蛍を見に行きたいということで意見が一致する。スマホを学校に持って来ていたことから、放課後、奉仕活動でホタル籠を造り始めたことがきっかけで、このボランティア活動に参加することになったクラスでは人気者の小野の父が車を出してくれて、ホタル籠の作り方を教えてくれた校務員の安達さんも一緒についてきてくれました。

 

2012年3月まで放送していた、NHK名古屋放送局 制作のテレビドラマ「中学生日記」が好きでした。自分は精神的にまだ子供みたいなものだからかもしれないけど、とても考えさせられる回が多くありました。「中学生日記」を思い出して、このクラスの子たちのやり取りが興味深くて、早起きしてでも早く次が読みたいと思うような作品でした。自分は「雌雄モザイク」という個体がいることにとても興味を持った。来年は、家のクヌギの木に集まるカブトムシも1頭1頭よく観察してみたいと思います。

 

 

いつもの通り、暇さえあればこちらの「榛名平公園」にも虫探しにに来ていたある日、「佐久薬草研究会」のNさんに行き会いました。Nさんは薬草、ハーブはもちろん山野草もとても詳しい方ですが、昆虫、とりわけチョウに興味がある様子でした。

 

たぶん一昨年くらいのことだったと思います。Nさんは、チョウのことを教えてほしいことでしたが、自分は個人的に昆虫をみつけて楽しんでいて、この辺りで見られるチョウの名前を少し知っているくらいで、人に教えるほどの知識を持ち合わせている訳ではないと思っていたので、その日は曖昧な返事をしたまま家に戻りました。

 

昨年5月、今の職場でお世話になった、在職時、営業のUさんから、突然LINEで連絡が来ました。薬草研究会のNさんが、自分に会いたいと言っている、という内容でした。Nさんは、わざわざ自分の家まで訪ねて来ていただいたということでした。そんな経緯から、自分の知っている範囲のことで良ければということで、「親子昆虫観察会」で講師をつとめさせていただくととになったのですが、冒頭では「先生というほどのものではなくて、虫の好きなオジサンくらいのものです」と前置きさせていただきました。

 

 

今年は佐久市役所 環境政策課からも連絡をいただいて、こちらの榛名平公園で昆虫観察会を開催したいので、チョウのことを教えていただきたいという内容でした。薬草研究会からも依頼を受けていたので、同じ場所で同じ時期に観察会を開催してもどちらかに参加者が集中してしまうのでは、と思ったので「佐久薬草研究会と佐久市役所 環境政策課の共催にしてはどうでしょうか」と提案したところ、双方ともその方向で進めたいということで話が進みました。

 

当初、7月20日(日)に予定していましたが、参議院議員選挙の投開票日に当たってしまって、市役所の担当者も自分も一日投票所にいなくてはいけないので、急遽、予定は変更していただいて後日、7月21日(月)に実施しました。参加者も多くて、天気も良くて、佐久ケーブルテレビも取材に来ていただいて、賑やかで楽しい観察会になりました。

 

今年は、自分も勉強しなくてはいけないし、見聞を広げるためにも「NPO法人 チョウ類保全協会」に入会させていただきました。色々なイベントの連絡をいただきます。なかなか参加できないのですが、徐々にモニタリング調査などに参加してみたいと思っています。

 

先月、ご近所の友達からLINEで「載ってたよ」と、画像を添付して送っていただきました。佐久市民新聞の記事ですが、「親子自然観察会」当日の様子です。そういえば当日、最後の方で取材に来ていただいて、「小さく紹介させていただく程度ですから」と言っておられましたから、隅の方に名前が載るくらいかな。と思っていたのですが、しっかり写真も入っていました。








お酒の話「21」蔵元ショップ

 

Ⅿさんご夫婦が別所温泉に行かれたということで、またまたお土産をいただきました。いつもどこかに出かけると、気にかけていただいて申し訳ありません。何と、桝がついて桐の箱に入っていました。

 

米どころ、塩田平の若林酒造株式会社 特別純米酒「信州上田」精米歩合59% 甘味、酸味がすっきりしていて、全体的にはやや辛口のお酒だと思います。後味もすっきりとした辛味で、キレが良いお酒だと思います。

 

 

純米大吟醸「別所」精米歩合49% こちらは丸みのあるトロリとした甘い口当たりのお酒です。大吟醸に相応しい熟成感が、とても美味しいお酒だと思います。

 

 

 

かなり前のことですが、飯山の帰りに小布施のハイウェイオアシスで買ってもらった3種類です。左から小布施町の株式会社 若葉屋本店 純米吟醸「北信流」何だか忍者の流派みたいで楽しい。春先は鼻がグチャグチャで、美味しいお酒の香りも楽しめないけど、熟成感のあるフルーツの香りに、甘味を包むような酸味が美味しい。後味はスッキリと辛い。

 

真中は山ノ内町 株式会社 玉村本店 純米うすにごり「雪猿」うすにごりのお酒は、どぶろくを連想するので、トロリと甘口のお酒かなと思いきや、すっきりとしたやや辛口のお酒だと思います。にごり加減がとてもいい具合に美味しそうです。

 

右は北信に行って見かけたら、どうしても買って帰りたい銘柄のひとつです。

株式会社 今井酒造店 生貯蔵酒「若緑」この季節に相応しいスッキリとした甘さと飲みやすさはとにかく美味しい。この季節の山菜といただきたいお酒です。

 

 

 

立春」は過ぎても、東信地方の春はまだまだ先です。2月8日(土)寒いけど天気が良くて、気持ちの良い日でした。午後はふらっと地元の酒蔵にお邪魔しました。

 

こちらの土屋酒造店は、2018年ANA国際線ファーストクラスの提供酒となったお酒「茜さす」が有名ですが、蔵元ショップに行くとスーパーなどの店頭には並ばないお酒に出会えます。「あらばしり」と言うと宮坂醸造が有名ですが、機械で圧力をかけないで、いちばん最初に出てくる希少なお酒です。

 

 

4月26日(土)娘とお昼を食べに行った帰りに寄ってみました。「初鶯」で有名な木内酒造株式会社の蔵元ショップです。酒蔵は佐久市 大沢という地籍にありますが、こちらの蔵元ショップはJR小海線中込駅にほど近い場所にあります。

 

この日買い求めたお酒は、初鶯「しぼりたて生酒」「生詰」です。

「生酒」「生貯蔵酒」「生詰」って、何だかややこしいけど、普通のお酒は搾った後に火入れをして貯蔵して、瓶詰の前にもう一回火入れをします。「生酒」は製造工程で一度も火入れをしないお酒です。

 

「生貯蔵酒」は生酒の状態で貯蔵して、出荷前に一回だけ火入れを行うお酒で、「生詰」は貯蔵する前に一回だけ火入れをするお酒だということです。この「生詰」のお酒は「ひやおろし」「秋あがり」などとも呼ばれています。さらに「生原酒」というお酒は、「火入れ」も「割水」もしないタイプの「生酒」だということです。

 

自分は酒税法が変わる前の、いわゆる2級酒と呼ばれていた「初鶯」が好きでした。今は季節によっても、色々な種類のお酒が楽しめますから、蔵元ショップにお邪魔してみるのが楽しいです。

 

7月20日の「参議院選挙」では、与党の議席が122議席に対して、野党の議席はと言うと126議席で、去年の衆議院選挙に続いて過半数割れとなった。そうは言っても立憲民主党日本共産党社民党、れいわ新選組議席を減らしている状況です。

 

自民党内では、選挙結果だけで石破さんに責任を押し付けて、旧安倍派の裏金議員が中心になって、石破さん降ろしに躍起になっていますが、そもそもなぜ選挙結果がこうなったのか考えてみてほしいものです。国民の不満は正しく「裏金問題」と「旧統一教会」の問題です。

 

自分も正直言って、総理大臣に就任する前は、あまり好きなタイプの方ではなかったのですが、小泉元首相以降、とんでもない方達ばかりだったので、石破さん一生懸命やってるし、くだらない嘘つかないし、謝るときは謝るし、今では、とても応援したい気持ちです。選挙結果の責任は、正しく組織犯罪である裏金議員の責任です。

 

 

話は違いますが、佐久市役所や同じ地区のみなさんから緊急な連絡があると、「さくステ」や「LINE」で届きますから、どちらのスマートホンに連絡が入っても必ず確認しています。仕事中はこちらのことでも気が抜けない状態です。そんな訳で「LINE」も今の責務の間は、緊急を要しないグループからは、申し訳ありませんが一旦、退会させていただきましたので、どうかご理解をお願いいたします。

 

 

   

   

 

暇さえあれば虫探し「15」

 

 すっかり前のことで、撮ったきりのチョウたちを投稿します。6月1日朝、久しぶりに散歩に出かけました。行き会ったのはウスバシロチョウ(左)とヒメウラナミジャノメ(右)です。6月に入ると大好きなウスバシロチョウの数も少なくなりました。

 

 春は成虫で越冬したチョウたちが飛び出して、蛹で越冬したチョウたちが羽化して、たくさんの種類が見られます。春のチョウたちが天命を全うした後、夏のチョウたちが多くなるまでの間、少しだけチョウの個体数が少なくなる時期があります。

 

 

 今年も榛名平公園で「自然観察会」が予定されていますので、休みの日には時間さえあれば足を運んでいます。薬草にハーブのことは勉強不足ですいませんが、ムラサキの花を訪れていたのは、ウラギンヒョウモンだと思います。(6月14日)

 

 6月15日 榛名平公園の栗の花の蜜を求めて集まっていたのは、ミドリヒョウモンだと思います。

 

 

       6/19 クジャクチョウ 東立科       6/8 クジャクチョウの幼虫 東立科

 以前はクジャクチョウも家の周りでよく見られたのですが、最近は見かけなくなりました。今年は時々見かけます。畑を耕していると、カラハナソウに黒い集団がいました。知らないとゾッとすると思いますが、クジャクチョウの幼虫です。この幼虫たちは大事にしましょう。

 

                            19 テングチョウ 東立科             

 クジャクチョウの近くに水を吸いに来たのは、テングチョウです。休むとなかなか翅を開いてくれませんが、オオバコの花にとまった様子は、とても個性的なチョウです。

 

                                 6/21 ヒオドシチョウ 東立科 

 見事なヒオドシチョウが時々家にやってきます。 これ以上標高の低いところではなかなか見かけることはない気がします。 

                                                

                             6/22 オオミスジ 東立科

 画像が鮮明でないから、判別に苦慮しますが大きさと、前翅先端の模様からオオミスジだと思います。 

                                                                                   

                                6/28 ヒカゲチョウ 東立科

 コナラの樹液を吸いにきたヒカゲチョウです。動物の糞に集まることもあります。夕刻から日没にかけて活発に活動します。

 

                               6/28 ベニシジミ 榛名平公園  

 食草はスイバ、ギシギシ、ヒメスイバなどタデ科の植物で、都市部以外、日本各地で見られる朱色が特徴的なかわいいシジミチョウです。

 

                              6/28 ヤマトシジミ 榛名平公園

 食草はカタバミです。シロツメクサの中を楽しそうに飛んでいます。今度、幼虫を見つけてみたいと思います。

 

 

6/28 ジャノメチョウ(オス) 榛名平公園       7/11 ジャノメチョウ(メス)

 オスとメスでは翅裏の色がかなり違います。ヒカゲチョウとジャノメチョウは、地味なチョウですが、蛇の目の中心は宝石のようにきれいです。

 

 

                      7/6 ウラギンスジヒョウモン 榛名平公園

 自分はヒョウモンチョウを飛んでいる姿で判別するのはとても苦手です。ツマグロヒョウモンメスグロヒョウモンのメス以外は、後翅の模様が判別の決め手になります。

 

                             7/6 イチモンジセセリ 榛名平公園

 1930年に大阪市で大群が現れて、大騒ぎになったという記録があります。秋には大群で長距離を移動するチョウとして知られています。長野県では幼虫を「ツトムシ」と呼んで、水稲の芯を食い荒らす害虫として嫌がられていました。

 

 ところが最近、2008年度辺りから徐々に個体数が減少しているということです。農薬などが主な要因ですが、想像以上に生き物の多様性が失われているかもしれません。この地球は決して人間だけのものではないことを再確認したいものです。

 

                        7/11 ツマグロヒョウモン(オス) 榛名平公園

 メスだけではなくオスも大型で特徴あるヒョウモンチョウです。榛名平公園では行き会える確率の高いチョウです。

 

 

                             7/7 ホウジャク 榛名平公園

 器用にホバリングしながらハーブの蜜を吸っているのはホウジャクです。昼間活動するスズメガの仲間で「蜂雀」と書きますが、ハチドリのように見えたところからこの名がつけられたようです。1秒間に羽ばたく回数は70~90回だということです。

 

 自分は以前、夏がいちばん好きな季節だったのですが、最近の異常ともいえる暑さは嫌になります。温暖化もそうですが、これ以上地球環境を悪化させないような生活を心がけたいと思う日々です。生き物たちは地球環境のバロメーターとして生活している訳ではなくて、みんな我々人間と同じ仲間として大切にしていきたいものです。