童話「怖い顔のリンゴ屋さん」

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                                                                                                             姨捨の棚田

   

  9月23日(秋分の日)昨年は新型コロナウイルスの感染予防の観点から、中止になてしまいました菩提寺の「施餓鬼法要」の日です。そして、法要の後そのままお墓参りをしていたのですが、娘の夏休みもあとわずかなので、お墓参りとお寺さんには先日出向いて、今日は娘と3人で築北村、聖高原、そして姨捨に行ってきました。安宮神社の修那羅の石仏群はとても表情豊かな石仏さんがたくさんおられました。

 

 そして、隣り合う麻績村とともに、とても長閑で良いところです。姨捨の棚田は初めてみましたが、素晴らしいの一言です。女房と娘は棚田ごとに立派な金属の杭に、塩ビの白いプレートがしっかり付いていて、その水田の所有者の名前がフルネームで書かれていたのを見てとてもガッカリしていました。

 

 稲穂が黄色に輝くと、リンゴにナシ、ブドウ、カキにプルーンなどの果物が実っているのを見かけると、不思議と幸せな気分になってきます。

 

 そして、この時期になると思い出す、少し怖かったけど大切な思い出があります。そんな自分の幼少期の思い出を童話にしてみました。

 小諸市に「耳取」という少々怖い響きの地名があります。実際には、佐久群 美理郷「みとり」が転訛して「みみとり」になったという説が有力なようです。

 

 東北地方から新潟県にかけても「耳取」という地名があるようです。実際に耳を切り取ったという話とか、耳塚などの伝説もあるようですが、多くはその地形から台地や山麓などの端「耳」という意味で、パンの耳や布の耳と同じく「耳」には「端」という意味があるようです。

 

 そして、毎年秋になると美味しいリンゴを売りに来る、行商のリンゴ屋さんがいました。たぶん、子供たちを少々からかってみようという大人が、面白半分に言ったことが、我々子供にとっては冗談では済まない恐怖になっていたのです。ところが、このリンゴ屋さんはとても優しいリンゴ屋さんでした。

 

 この童話は、「小説家になろう」または「小説を読もう」というサイトに投稿していましたが、あまりアクセス数も伸びないので、そちらのサイトから削除して自身のブログに掲載して、読者の皆さんに読んいただいて、楽しんでもらおうと思って質問したところ、こちらの投稿サイトから削除しなくても双方に掲載しておいてもかまいません。という回答をいただきました。但し、盗作を掲載していると思われてはいけないので、双方の作者が同一人物であることをご承知おきください。

 

 

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                         デッサン「リンゴ」小林 萌

 

 

 

    「怖い顔にリンゴ屋さん」

 

                                

   昭和の中頃、ある山間の山村で生まれた翔太は、小学校三年生です。食べるものもままならない時代でしたので、おもちゃなどありませんでしたが、翔太の家にはキジトラの猫に赤牛、アンゴラウサギにチャボがいて、みんな翔太の大事な友達でした。

 

 近くの森に行くと、カブトムシにクワガタ、セミやチョウもたくさんいて、翔太は、その昆虫たちを見つけるのも得意でした。

 

 おやつも決まってあるわけではないのですが、秋になると行商のリンゴ屋さんが来て、お母さんが時々リンゴを買ってくれました。そのリンゴは、真っ赤で蜜がたくさん入っていて、とても美味しいリンゴでした。

 

 しかし、そのリンゴ屋さんの顔といったら、ギョロッとした目で人を睨みつけ、顔は鬼ヶ島の赤鬼のように真っ赤でした。肩幅は広くて、足といったらがに股で、いつも怒っているように、のしのしと歩くのでした。

 

 リンゴ屋さんは、トラックで行商にきていたのですが、そのトラックは意外とかわいい黄緑色のダットサンでした。

 

 そして、子供たちの間では、このリンゴ屋さんに捕まると、耳を取られてしまうといううわさが広まっていたので、翔太たち子供は、このリンゴ屋さんの黄緑色のダットサンが来ると見つからないように家にかくれて、リンゴ屋さんが帰るのを息を殺して待っていたのでした。

 

 ある秋の日のことでした。翔太は、家の牛やウサギたちに餌をあげて、一人で遊んでいました。すると、家の裏の方角から車の音がしました。

 

そして、翔太の家の横を通っていったのですが、その車はあの見覚えのあるリンゴ屋さんの黄緑色のダットサンでした。

 翔太はその車を見たとたん手に持っていた草を放り出して、あわてて家の中に逃げ込みました。

 

 そして、そっとガラス戸から恐る恐る外を見ていると、あのリンゴ屋さんのダットサンは翔太の家を通り過ぎて、T字路を右に曲がったところでゆっくり止まりました。

 

 するとあのリンゴ屋さんは、車から降りてしゃがみ込んで車を見ていましたが、立ち上がるときょろきょろと家々を見回して、歩き出すと姿がみえなくなりました。

 

 翔太は緊張が解けて途端に眠くなって、そのままガラス戸にしがみつくように眠ってしまいました。

 しばらくすると、「こんにちは、誰かいないかい、こんにちは。」という声がすぐ近くで聞こえて、翔太は驚いて目を覚ましました。

 

 恐る恐るガラス戸から外を見ると、外に立っていたのは、あの怖い顔のリンゴ屋さんでした。翔太は飛び上がるほど驚いて、今日こそ耳を取られてしまうかもしれないと思って膝を抱えてガタガタ震えました。

 

 「こんにちは、こんにちは」リンゴ屋さんは、まだ外で声をかけて待っていましたが、翔太は意外と優しい声に驚きました。何となく困っているような気もしたので、翔太は恐る恐るガラス戸を開けました。

 

 リンゴ屋さんは、ほっとしたように「ああこんにちは、おじさんあそこで車がパンクして困っているんだけど、道具ないかい。」と翔太に聞きました。翔太は、息もできないほど怖かったのですが、目の前で見ると意外と小柄なおじさんだと思いました。

 

 翔太のお父さんは、パンクを直す道具を持っていて、近所の家の自転車やオートバイのパンクしたタイヤを直してあげていたのです。

 リンゴ屋さんは、車から離れたとき、パンクの修理のできる家を訪ねていたのかもしれないと、翔太は思いました。

 

 翔太は恐る恐る外に出て、庭を挟んで向かいにある小屋に行って、お父さんがいつも使っていたパンクの修理の道具の入った木の箱と、空気を入れるポンプを持って「お父さんは、いつもこれを使っています。」と言って、リンゴ屋さんに渡しました。

 

 リンゴ屋さんは「僕ありがとう」と言って、大切そうに道具を受け取って、自分の車に戻りました。翔太は最初足がふるえるほど怖かったのですが、今はそれほど怖いとは思っていませんでした。

 

 そして、一時間ほど過ぎたころリンゴ屋さんは、「僕、ありがとう本当に助かったよ。」と言って、道具の入った箱とポンプを返しに来てすぐに車に戻ると、大きい竹かごいっぱいのリンゴを持ってきて、「みんなで食べてね。ありがとうね。」と言って翔太に頭を下げて帰って行きました。

 

 お母さんが仕事から帰って、いただいたリンゴと今日のことを話すと、お母さんは「翔太、良いことしたね。あのリンゴ屋さんさっぱり怖くはないんだよ。」と言って、翔太を褒めてくれました。

 

 それからというものあのリンゴ屋さんが来て、お母さんがリンゴを買いに行くと翔太は大喜びで一緒について行きました。

                              里山 根子君 著

 

 

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