給食の思い出(1)「肉の嫌いな話」

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 先日、ダイソーで娘の好きな「ゼリービンズ」をみつけました。この日は別のものを買いにいったのですが、「レジ待ち通り」は長い列になっていてふと視界に飛び込んできたので、空かさず2袋買って帰りました。

 

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 「春分の日」家族3人は娘の寮で使うものなどを買い物に行ったので、自分はお寺さんにお参りをしてお墓参りに行きました。樹齢400年と言われる「枝垂れ桜」の蕾も紅く膨らんでいて、お墓に行く道ばたには「オオイヌノフグリ」がきれいに咲いていました。

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 山では「ダンコウバイ」も咲きました。まだまだ朝は寒い日もありますが、春の選抜高校野球の季節は昼間はポカポカで良い季節です。もうじき「コブシ」も咲きだすと思います。

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  話は全く変わってしまいますが、給食の時間が恐怖だった方はいませんか。給食の時間に「食べられないもの」を無理やり食べさせられたことはありませんでしたか。「肉」が食べられなかった方はいませんか。

 

 小さい頃は、「好き嫌いを言わないで、何でも食べなさい」とよく言われたものす。自分は肉が食べられませんでした。「好き」「嫌い」の嫌いとかいうレベルの話ではなくて、食べられなかったのです。

 

 肉は動物の体の一部で、およそ人間が食べるものだとは思っていませんでした。そんな訳で給食のオカズに肉の入ったものがあると、毎回決まって先生に「好き嫌い言ってないで食べなさい」と責めたてられました。

 

 周りの同級生(特に女子)からも「食べろ食べろ」と、半ば面白半分に責めたてられましたので給食の時間は恐怖の時間でした。

 朝から「今日の給食にまた肉の入ったオカズがあったらどうしよう」と頭の中はそのことでいっぱいでした。

 

 そして先生によく「お前の家は貧乏だから肉なんか食べたことないんだ」と吐き捨てるように言われたことを、昨日のことのように覚えています。確かに戦後の開拓地の生活は明日の食べるものもままならないようなほどでしたが、教職の立場の方が言って良いことかどうかとても疑問に思います。

 

 一度は無理やり口に入れられたことがありました。すぐに吐き出したい思いでしたが、とても噛むことなどできないので我慢して丸飲みしました。これはとにかく辛い思い出です。

 そして午後の理科の時間でしたが、お腹が気持ち悪くなって急に吐き気がしました。とても我慢できる状況ではなかったので、先生にトイレに行きたいとお願いして立ってトイレに行こうと方向転換したとたんに、お腹の中のものを全部吐いてしまいました。

 その一件以来、無理やり食べさせられることはなくなりましたが、給食の時間はけして楽しい時間ではありませんでした。

 

 肉を初めて食べたのはたぶん鶏肉だったと思います。低学年の頃は本校まで遠いのと雪も多いので、冬期間はこの地区内にある分校に通いました。そのときの低学年担当の先生が鶏のモモ肉が出た時に「勿体ないから家に持って帰りな」と言って、新聞紙に包んでくれました。家に帰っておふくろに渡すと、お箸で少しつまんで食べて自分にも一つまみ「美味しいから食べてみな」と言われて恐る恐るたべてみました。美味しいとは思いませんでしたがそれ以来鶏肉は何とか食べられます。

 

 社会人になって、友達と野外で焼肉をやってお酒をいただいた時のことですが、たぶんその時の肉はジンギスカンだったと思います。ビールをけっこういただいたころタレ匂いが甘辛くて美味しそうだったので、カリカリに焦げた小さい肉を恐る恐る口に入れてみました。さすがに焦げ焦げだったし酔っ払いだし、味などさっぱりわかりませんでしたが肉が食べられたということが嬉しかった。

 

 それ以来、ラーメンの上のチャーシューなんかも恐る恐る食べてみました。そして徐々にでも色々な肉を何とか食べられるようになったのですが、ここ数年、歳のせいでしょうか脂っぽいものとかあまり体が受け付けなくなるとともに、小さいころのように肉も全く受け付けなくなりました。やはりどう考えても人間と同じ動物の体の一部で、食物という気がしないのです。

 

 それじゃ、魚や、昆虫、植物は食べて良いのかということになると、食べるものもなくなって餓死してしまいますが、いずれにしても他の生き物の命をいただいて生きているので、食べるものはありがたく感謝していただきたいものです。