satoyamanekokunのブログ

猫たち、お酒、山に虫、神社仏閣、全くまとまりのないブログですいません。

あの街の思い出「12」青木村

今日は11月とは思えないような暖かい日です。楽しみにしていた3日連休の初日ですが、十分注意していたのにとうとう新型コロナウイルスに感染してしまいました。最初、熱は37度5分と高くて関節痛はありましたが、食欲はあって味覚もまだはっきりしていたのでインフルエンザかなと思っていたのですが、かかりつけのTクリニックに行って診てもらったところ、「間違いなく新型コロナウイルスです」と診断されました。こんな病気には絶対かかりたくないと思って、いつも気をつけていたのでとてもショックでした。

 

女房にもうつってしまって、今日は当番医のK耳鼻科に行きました。薬も自分と同じ内容ですが、女房は顆粒に粉薬が苦手なので小青竜湯は錠剤で処方していただきました

 

先週は10月26日、27日の2日休みをいただいて、相模原市で暮らしている中学の同級生が、写真を撮りに来たいということで一緒に行動しようということで、はるか前からの約束で楽しみにしていました。

 

待ち合わせ場所は茅野市の御射鹿池です。友達は早朝の静かな湖面を撮りたいので、出来るだけ早く家を出発するのでゆっくり来てください、ということでした。佐久穂町からメルヘン街道を進みますが、麦草峠からはるかに下ってやっと到着します。

 

たぶん休日は混雑すると思うので平日にしようと提案したのですが、それでも駐車場は順番待ちの満車状態です。写真を何枚か撮って、やっと友達と行き会いました。途中、展望台に寄って白駒池にいこということにしました。

 

北には蓼科山、北横岳がきれいに見えています。

 

今日は気持ちの良い天気です。こちらは南アルプスの山々ですが、中央から左に仙丈ケ岳甲斐駒ヶ岳北岳が確認できます。中央アルプス北アルプスは少々雲がかかっていまいた。

 

そして、麦草峠を越えて白駒池の駐車場に着きます。今日は平日なので何とか車も停められました。

 

 

はるか前はこんなシラビソ、コメツガの苔むした樹林帯の中を、木の根と大石をよけながら進むとけっこうのハイキングコースだったのですが、今ではほとんど最短距離の木道で整備されています。

 

白駒池はすっかり紅葉は終わっていましたがきれいなところです。またまた本題はどこやらという感じですが、八千穂高原の紅葉を見ながら下って、お昼をいただいて友達は奥さんに頼まれた買い物をして、自分は一度家に戻ってお土産を持って、3時に宿泊先の小諸グランドキャッスルホテルに行きました。

 

 

小諸グランドキャッスルホテルも今や伊藤園グループの傘下で、食事は全てバイキングです。今の時期は「信州サーモンフェア」で信州サーモンのお刺身に寿司をたくさんいただきました。ワインにビールもありましたが、そちらには目もくれずにお酒のコーナーに向いました。

地元の酒蔵の銘柄と諏訪市の宮坂醸造の「真澄 辛口ゴールド」、木曽町 七笑酒造の「七笑 からくち」など7銘柄が並んでいました。料理長の好みでしょうか、比較的やや辛口の銘柄がそろっていましたが、なかなか自分も好みの銘柄がそろえられています。一通りいただいて何れ甲乙つけがたいですが、友達と意見が一致して、今日は「七笑 からくち」が美味しく感じました。

 

そして、部屋に戻って友達に買ってきていただいたお酒をいただいて、テレビも見ずにひたすら山の話と昔話に花が咲きましたが、お互い歳なので「いつも何時に寝る」と聞かれて、「夏場は明るくなる前に色々準備をして畑に行くので、9時~10時には寝ちゃう」と言うと、友達も「自分は9時には寝る」ということでした。都会の方たちは遅くまで起きているのかなと思いきや、またまた意見が一致して「それじゃ寝ようか」ということで、9時を回るが早いか歯を磨いて布団に入りました。

 

 

そして、2人とも夜明け前には目が覚めました。新しくなった小諸市役所の辺りから朝日が昇り始めました。浅間山は今朝も噴煙を上げています。友達も遠くから来ているので、午後の早い時間には家路につきたいと思います。懐古園を散策して青木村に行くことにしました。

 

 

 

 

 

燈明も並べられて、菊花展も開かれていますが紅葉はもう1週間先が見頃だと思います。自分たちが入園したときは、人は疎らで秋のしっとり静かな雰囲気でしたが、帰るときには改札は団体客でごったがえしていました。車は1台ホテルの駐車場に置かしていただいて、秋晴れの天気の中をしばしドライブします。

 

上田から国道143号線を進んで青木村に入ると右手奥に、「見返りの塔」と呼ばれる国宝三重塔がある天台宗 一乗山 大法寺があります。山と山の間に静かにたたずんでいる様子は鎌倉のお寺のような印象をうけます。

 

 

本堂をお詣りして、左手の三重塔の参道に出るととてもユニークな羅漢さまがたくさん並んでいます。自分で好きに言葉を入れて楽しんでみましょう!両手で抱えているのは大きなおにぎりでしょうか?それともお饅頭でしょうか?「いただきまーす」って聞こえます。

 

「明日も早いから、まあ飲みなされ!」

 

「わしゃもう5杯目じゃ」

 

「こてさんねのう!」

 

「わしゃ これでいく」

 

 

 

 

泣上戸の羅漢さんもいます。(お酒いただいていたとは限らないです)

 

暑がりの羅漢さんに

 

勉強家の羅漢さんもいます。

 

楽しい羅漢さんに見とれながら参道を上っていくと、右手に青木村郷土美術館がありました。喫茶店も併設されています。

 

 

拝観料を収めて観音堂をお詣りして国宝大法寺三重塔に進みます。

 

造形の美しさから昔、東山道を行く旅人がふり返って眺めていたことから「見返りの塔」と呼ばれるようになったということです。

 

「見返りの塔」から後ろを見ると青木三山の一座「夫神岳」のきれいな姿が見えました。

 

長旅で疲れて横になっているのはお釈迦さまでしょうか?足をもみほぐしてくれてい

る羅漢さんはお賓頭盧さまかもしれませんね。

 

駐車場に戻ると、今日は暖かいのでチョウの姿も見られます。ヒャクニチソウにとまったのはツマグロヒョウモンです。

 

大法寺をゆっくり見学して道の駅「あおき」に来ました。

 

駐車場からは青木三山の一番北にある一座「子檀岳」がきれいにみえます。けっこうな岩稜で楽しそう。

 

ちょうどお昼時でした。道の駅に併設されている味処「こまゆみ」で「タチアカネ」のざる蕎麦をいただきました。

 

 

歴史は浅く、長野県野菜花き試験場で開発された長野県オリジナルの蕎麦の品種で青木村の特産品として生産されています。白い花の下についている赤い実が鮮やかです。

 

道の駅の店内は広くて明るくて、農産物もたくさん並んでいて楽しいです。

 



キノコのコーナーにヌメリイグチ、ハナイグチ、アミタケなどのキノコはすこしありましたが、マツタケは並ぶと直ぐに売り切れてしまうようです。

 

先日は女房を誘って行ったのですが、一日冷たい雨の降る日で景色も眺められることもなく、大法寺にも寄らずに味処「こまゆみ」でお昼をいただいてこちらの「信州昆虫資料館」を見学させていただきました。

 

 

 

長野県で見られる馴染み深い昆虫の標本がたくさん展示されています。

 

蚕業にかかわる資料が展示されている部屋もあります。いまはすっかり中国などに依存してしまった産業ですが、資料は大切に保管されています。

 

9月1日より「虫たちのかくれんぼ展」という企画が開かれています。世界中の擬態した虫たちの楽しい姿がパネル展示されています。

 

外は冷たい雨が降っていますので館内もヒンヤリ感じました。女房はあまり虫が好かないようで固まっていました。

 

たまたま偶然にも後日の信濃毎日新聞に信州昆虫資料館 館長の松沢 俊郎さんが紹介されていました。

この2日は本当に暖かくて良い天気でした。遥々、相模原から来てくれた同級生も楽しんでいただけただろうか?9月いっぱいは真夏のような日が続いていましたが、 10月は寒いくらいの空気に入れ替わったような気がしました。

 

11月の上旬はまたまたこの時期としては異例の気温が続きましたが、今週末はすっかり寒くなるようです。新型コロナウイルスにインフルエンザも流行っているようです。体調管理に十分注意しましょう。








 

路上生活の孤児たち「1」

 

 

10月に入るや否や異常ともいえる暑さから一変して、朝晩はすっかり寒いほどになってしまいました。今年はその暑さに加えて雨も少なかったので、秋になったところでキノコが出るだろうか気がかりでしたが、稲刈りの時期になると皮肉ったように雨が降りましたので、色々なキノコが出始めまたようです。

 

 

もう何年も前から気になっている地域猫がいます。たぶん誰かが捨てて行ったのだと思いますが、白と黒のハチワレの猫です。姿を見るとキャットフードをあげていたのですが、一か月以上も姿を見ませんでした。

 

7月上旬に前の会社の大先輩、Kさんの畑の小屋の藁の上で寝ているのを見かけたので、毎朝、散歩ついでに歩いて行って餌をあげていました。そして、7月19日以降、すっかり姿を見なくなりました。その後、最後に見たのは8月16日の夕方、国道142号線の歩道を歩いていました。いつもいる辺りからたぶん3kmほども離れた場所です。

 

それからまた一か月以上も姿を見ることはなく、7月に見かけたときもいつも寝ている姿だったので、もうかなり高齢なので何処かで死んでしまったのかなと思っていました。2014年2月のあの大雪のときもどうしているか毎日心配だったのですが、雪が溶けると姿を現しました。

 

何だか自分の家の猫か犬が亡くなったときのように寂しくなりました。ところが9月21日の朝、出勤途中にいつもいたKさんの畑の小屋の藁の上に寝ている姿を見ました。すっかり何処かで死んでしまったのかと思っていたのでこの日はとても嬉しい日です。

 

次の日は早速、朝早く歩いてキャットフードを持って行ったのですが姿はありません。そのまた次の日も、朝早く歩いてその畑の小屋まで行ってみましたが姿はありませんでした。

 

9月24日(日)はまた朝早くに藁の積んである畑の小屋まで行ってみました。いましたいました。出来るだけ近いところにキャットフードを置いて帰りました。その日午前中は用事があって出かけていて、お昼に戻るときまたこの藁の上で休んでいたので、同じところにキャットフードを置いて帰りました。

 

この画像はそのとき撮った画像です。今まではこれだけ近くに寄れることはありませんでした。たぶん目を閉じていたのだと思いますが初めて撮った姿です。今回は1ヶ月以上も姿をみなかったので、流石に死んでしまったのだとばかり思いこんでいました。

 

 

以前、行政からの指導では、「野良猫に餌をあげないでください」と連絡を受けていたので、この仔に餌をあげるときは何となくコソコソ、誰かに見られないように置いてきていたのですが、「ぞっこん!さく市」の環境フェアで市役所の環境政策課の職員さんにTNR応援活動の案内をいただいて、地域猫について色々話を聞きました。

 

    

 

メス猫だったら保護して、不妊手術をして、もといた場所に返してあげるということです。熱心に話をしてくれた職員さんに「自分の家の近くにもこんな仔がいるので、いけないと思いながらいつも餌をあげているんです」と言ってこの写真を見てもらったところ「それはありがとうございます」という返事をいただきました。

 

以前は、確かに野良猫に餌をあげないで下さいという指導をしていましたが、それは、自分の目の前からいなくなればいいという考え方で、粗大ゴミを山中に持って行って捨てるのと同じ考え方です。同じ生き物なので出来る範囲で面倒を見てあげるという方向になっているようです。

 

でも、たぶんあの仔を保護するのは無理だと思います。捕獲器などを使えば保護できるかもしれませんが、もし知らない間に野生動物がかかってしまったら鳥獣保護法違反で逮捕されてしまいます。それに、不妊手術ですがたぶんかなりの高齢だと思うので仔は産めないと思います。

 

ただこれから寒くなるのでそれが一番心配です。市役所の担当者の話では「この辺りで何年も暮らしているのなら、暖かいところを知っていると思います」ということでしたが、たぶん暖かいというよりは、何とか寒さをしのげるくらいのところだと思います。

 

もうすっかりおばあちゃん猫ですが、たぶんこのハンちゃんのお母ちゃんだと思います。仔連れでいるとき小さかったけれど、その仔猫の背中の模様がハンちゃんそっくりでした。顔は見たことがなかったのですが、このハンちゃん、5年前から朝、ズッキーニの箱詰めをしていると必ず何処かから姿を現して、アセビの木の下で見ていました。

 

ガリガリに瘦せていたので、近くにキャットフードを置いてあげると最初は警戒していましたが、そのうち少しづつ食べるようになりました。そのうちすっかり慣れて、近くで座っておとなしく見ているようになってとてもかわいいです。

 

 

 

真夏は明るくなると同時に畑仕事に出かけますが、ハンちゃん、いつの間にか起きて来てズッキーニの間から顔を出します。

 

 

足元に絡みついてきて楽しい。

 

 

 

出荷に出かけようとして車を開けると先に乗ってしまいます。知らないうちに後部座席でハコ座りしていたこともあったので、暑いときは乗っていないのをよく確認してドアを閉めないと危険です。

 

近所に配りものに行くときもいつの間にか後をついてきています。

 

これは娘が羊毛フェルトで作ってくれたハンちゃんのストラップです。

 

朝はこんなに冷え込むこともありますのでハンやんのお母ちゃんが心配です。

 

ハンちゃんのお母ちゃんは、仕事の帰りにこのお地蔵さんを建てた辺りで待っています。最近は猫も家の中で飼うようにと指導されているようです。それが本当に猫たちにとって幸せかどうかは疑問ですが、確かに以前と比べると外を歩いている猫は少なくなりました。

 

地域猫たちの中にはお店や駅、お寺、城などで飼われて駅長や城主になっている猫もいるようですが、多くの捨てられた猫たちは住家もなく、寒さと空腹に耐えて野生動物にも怯えながら生きています。そんな猫や犬たちも幸せに生きられる社会になってほしいと願います。

 

死ぬまで山歩き「13」八柱山・雨池

 

 

今月の三連休、久しぶりに山行を計画してみました。

行先は、白駒池駐車場から白駒池ーにゅうー中山ー高見石ー白駒池と回って帰る予定でしたが、会社の仲間たちもそれぞれに都合があって、今日はAさんと2人で登ることになりました。

 

ヘルシーテラス佐久南の駐車場で7:30に待ち合わせして、メルヘン街道を白駒池に向います。ところが、八千穂高原スキー場の手前に「白駒池駐車場、渋滞中」という案内が出ていました。

 

3日連休の中日で嫌な予感はたいがい的中します。麦草峠の駐車場は30台までなのでたぶん止められないだろうな。と覚悟して当初の予定を変更した登山コースにしたのですが、案内通り駐車場手前で止まってしまって、警備員さんに聞くと1時間以上は待ちますよ。ということでした。

 

しかたなくUターンして、八千穂高原自然園の駐車場に戻って作戦会議、今から大河原峠まで行ったら1時間はかかりそうだし、途方に暮れて二人で地図を開くと、ここから歩ける林道があって、雨池の近くに八柱山という山がありました。

 

標高は2114メートル「 富士山の展望が良い」というコメントも入っています。雨池も近いので帰りは雨池も経由して戻ろうということで、ひたすらこんな林道を歩き始めます。

 

しばらく歩くと「風穴」の案内標識がありました。寄ってみたいとも思いましたが、目的地に到着するまでは気を抜けないので通過します。

 

           

           注意:次の画像は恐る恐る見て下さい。

 

Aさんと行き会うのも久しぶりなので、色々話ながら歩いていたのですが、突然下を見ながら「功一さん何か動いている」というので地面を見るとなんとヤスデです。徐々に数が増えてきてもっと集まっているところもありましたが、誰が見ても気持ちの良いものではないですよね。

 

ヤスデというと1976年やはりこの南佐久で大発生して、小海線の車輪が滑って一部の列車を運休させてしまうことから「キシャヤスデ」と呼ばれていました。そして、ヤスデは8年から16年の周期で大発生することがわかったということです。

 

佐久地方は時々、色々な虫が大発生するのだそうです。このキシャヤスデの大発生とごく近い年代に自宅近くでマイマイガが大発生したこともありました。たいがいの場合、大発生というと我々にとっては少々不快に感じる生き物が多いのが不思議です。

 

 

ところどころコンクリート舗装になったり、アスファルト舗装になっているところもありましたが、花の時期は過ぎていますが、林道わきにはクリンソウがたくさんあるところも通りました。

 

暑いのが苦手のAさんですが、ほどよく日陰もあって涼しげな清流の音も聞こえます。きれいに苔生した石の間をきれいな水が流れていました。

 

そして、1~2kmほど歩いたところの右手に案内標識があったのですが、2人とも久しぶりに行き会って夢中で話をしていたのだと思います。こんな立派な案内標識をすっかり見落としたのです。

 

歩き始めてから約2時間30分ほどして、自分たちの中では初めて案内標識が出てきたと思っていました。八柱山に登って時間があれば雨池に寄ろうくらいに思っていたのですが、何だか様子が違います。雨池のほうが近くて八柱山はさらにその先になるようです。

 

そしてこの案内標識は去年も見ています。去年も茶臼山、縞枯れ山に登って雨池を訪れたときこの案内標識から登山口の麦草峠に戻っています。しかし、八柱山に直接登る地図に載っているような登山道はないし、「風穴」の案内以外に標識はなかったし、何だか2人とも混乱してしまいました。

 

それもその筈です。はるか手前で八柱山の登山道の入り口を見落としていたわけですから、困ったもんです。初めて行くような更に標高の高いところでこういうミスをすると、遭難につながるようなことになりかねませんから、これからもよくよく注意が必要です。

 

 

 

 

そして、去年もここでこの案内から雨池に行きました。

 

 

木道はきちんと補修されていてありがたいです。湿地には鹿の足跡が頻繁に残っています。

 

先ほどの案内から約15分ほど木道を歩いて雨池に着きました。

 

去年ほどではないですが相変わらず水が少ないです。

 

そして、雨池を後にして八柱山に向かいます。

 

やっと北八らしい土の匂いのする登山道になりました。しばし上って今度はなだらかな下りになったのですが、またもや2人とも不安になりました。この道合ってるのかな。と思いましたが道に迷った覚えもないのでそのまま進みましょう。ということになりました。

 

かなり下ってから今度はまた緩やかに上りになりますが、北八特有の湿った石がなくて歩きやすい山道でした。

 

 

先が開けたかと思うと頂上に着きました。

 

こちらが三角点ですが、後の白い網が巻かれたものは落葉松の苗木でした。こちらにはJAXAの深宇宙探査用大型アンテナ コリメーション設備という地上局がありました。

 

さら地になったところに落葉松の苗木を植えたようです。富士山の展望が良いということでしたけれど、その富士山が見えると思われる方角にも落葉松が植林されていて、展望は望めませんでした。

 

確かにほぼ土の山なので、さら地にしたところが大雨で浸食されないように何か植えようということになったのでしょうが、やっと登った頂上にこの網は少し残念!

 

久しぶりにいただいた山の上のお昼が実に美味しい。ゆっくり食べて、たくさん話して、帰りは東の登山道を下ることにしましたが、いきなり、かなりの急坂です。

 

 

いきなり突き出たこの岩は、下山してから調べると「猿面岩」と言うようです。自分は獅子かゴジラのようにも見えました。

 

 

この辺りはサルオガセがたくさん絡みついていました。

 

 

 

今年は、今まで乾燥していてキノコどころではないかな。と思っていましたが標高の高いところは、こんなかわいいキノコが出始めていました。

 

つづら折りの登山道はなだらかでとても歩きやすいです。

 

行きがけにしっかり見落とした案内標識が見えると林道にでました。今日は、もう少し早く行動するか、人の動きを予想して目的地を選ぶとか色々反省しましょう。でも、下界は今日も猛暑の一日だったようです。久しぶりに友達に会えて一緒に山に登れて、たくさん歩けて、無事帰ってこれて、色々なことに感謝しましょう。

 

             

あの街の思い出「11」松川村

 

今年は子供たちも忙しくて夏休みもお盆の休みにやっと帰省してきました。娘はお盆が終わると一週間大学に戻って、また帰ってきてくれました。お盆休みもどこにも連れて行ってあげられなかったので、たまにはどこかに出かけようと女房と娘に声をかけてみました。

 

行先は「安曇野ちひろ美術館」に決めました。松本方面に出かけるときは決まって三才山トンネルを超えて行くのですが、今日は長野自動車道の「姨捨サービスエリア」に寄ってみたかったので、佐久インターから上信越自動車道に乗って更埴ジャンクションから長野自動車道に入りました。

 

そんな訳で更埴ジャンクションから長野自動車道は初めて通ることになります。姨捨サービスエリアまではかなりの上りでした。そして、姨捨サービスエリアは広くてとてもお洒落です。

 

昨日は浅間山もくっきり見えるとてもいい天気でしたが、今日は少し雲がかかって霞んでいます。北信五岳は左の奥に戸隠連山、中央に飯綱山、右の奥に斑尾山が霞んで見えますが、黒姫山妙高山は確認できませんでした。

 

 

自分のイメージでは姨捨の棚田が眼下に見わたせたり、西には北アルプスの峰々が見わたせるのかななどと思い描いていたのですが、そんな贅沢な場所があるわけないですよね。

 

ひたすら上りだった道路も麻績辺りを過ぎるとなだらかに下って、とても自動車道とは思えないような長閑な感じになりました。筑北PAからは北アルプスがきれいに見えていたので、時間さえあれば寄ってみたかったのですが先を急ぎます。

 

 

 

そして、展望がとても良いという池田町立美術館「北アルプス展望美術館」に立ち寄ってみました。安曇野のシンボルともいえる台形の有明山の後ろには、北アルプス表銀座と言われる燕岳、大天井岳常念岳が確認できます。

 

自分も初めて北アルプスに登ったのはこちらの峰々ですが、あの頃は体力にも自信があったので、早くに家を出て中房温泉から合戦尾根を登って、燕岳に登ってその日のうちに大天井岳まで行きました。いやいや、今ではとてもそんな無茶なことはできないと思います。

 

 

 

ところがです。良く調べもしないで出かけたものだから、展示替えのため9月8日まで休館ということでした。でも北アルプスを眺めながら贅沢に広い敷地の中を歩いてみるだけでも楽しいところです。

 

 

時間をみるとちょうどお昼時です。落ち着いた感じの食事処がありましたので、あちこち迷って歩くよりもこちらでお昼にしようということで意見が一致しました。

 

自分は「有明ご膳」をいただきました。信州サーモンのお刺身にサクラマスの粕漬け、椀子そばが楽しめます。サラダバーもあってキャベツにもやしのナムル、ヒジキと大豆の煮もの、キュウリのピクルスがありました。

 

もやしのナムルとキュウリのピクルスのさっぱりとした酸味が気に入って、お代わりしてしまいました。

 

 

 

安曇野は時間さえあれば行きたいところばかりですが、次に向かったのは「安曇野ちひろ美術館」です。開放的で広い敷地の中にいると日頃、忙しくて忘れていた何かを教えてもらえるような感じがします。レタスに白菜どのくらい作れるだろう?なんて野暮なことは考えないようにしましょう。

 

ちひろ美術館・東京」は1977年に自宅の一角に建てられた、世界で初めての絵本美術館です。「安曇野ちひろ美術館」は1997年、「ちひろ美術館・東京」の20周年を記念して開館しました。「展示室1」はいわさきちひろの代表的な絵本と、その中の原画が展示されています。「展示室2」はいわさきちひろの人生が、手に取るようにわかる展示室になっています。

 

渡り廊下を渡った「多目的ギャラリー」では、いわさきちひろの生涯を紹介した映像を見ることができました。「展示室3」「展示室4」「展示室5」は世界の絵本画家とその作品、絵本の歴史を紹介した貴重な資料が展示されています。

 

いわさき ちひろさんは福井県で生まれましたが、ご両親は長野県の生まれです。ここ松川村はそのご両親が戦後、開拓農民として暮らしていた場所で、いわさきちひろは折に触れてはこの地を訪れて、多くのスケッチを残したということです。

 

こちらは「子供の展示室」で、その奥は「絵本の部屋」です。

 

 

車窓に映る北アルプスの山々に、網棚に置かれている荷物も味わいが深いです。

 



 

ゆっくり見学して、となりの「安曇野ちひろ公園」の「トットちゃん広場」に来ました。トットちゃんの足跡があちこちにあります。

 

こんな木陰で日がな一日、ゆっくり本でも読んでみたいです。

 

長野電鉄より譲り受けた「モハ604」モはモータ(原動機)が付いている車両の意味で、ハはグリーン車などに対して普通車という意味のようです。昭和2年に製造された車両です。

 

少し勉強したので、自分で忘れないように書いておきましょう。

  イ:1等車

  ロ:2等車(グリーン車

  ハ:3等車(普通車)

グリーン車が2等車なので「イ」の車両は一時期なくなりましたがJR九州の「ななつ星」の食堂車以外の車両が「イ」の記号がついているということです。

  ク:制御車で運転台がある車両、先頭に立つことができる車両、モータはない

  モ:中間車両でモータがついている車両  

  デ:電車 (JRでは使わない)      

  キ:原動機がディーゼルエンジンの車両     

  サ:運転台、モータなどの原動機がついていない車両、先頭に立てない車両

  キク:原動機がディーゼルエンジンの列車で原動機はなく運転室がある車両

  キサ:原動機がディーゼルエンジンの列車で原動機も運転室もない中間車両

  ネ:寝台車

  ロネ:A寝台車

  ハネ:B寝台車

  シ:食堂車

  ユ:郵便車

  二:荷物車

  ヤ:訓練車や職員用の電車

例えば私鉄でよく目にする「モハ」「デハ」とは、ともに電動車で「ハ」はJRと同じ意味なので電動車の普通車両ということになるようです。東武鉄道では「クモ」という表示は使わなくて制御電動車も中間電動車も「モ」と表示しているようです。

 

制御電動車も中間電動車も「モ」「デ」と表示しているのは私鉄だけでJRではこのような表示は使わないということです。

例えば「クモハ」は運転台があって、モーターがついている普通車両ということになるようです。

 

鉄道マニアの方は、あたりまえに知っている客車の知識だと思いすが、覚えたての自分は楽しくてたまりません。また、貨物列車の場合は、貨車の種類や形態、積載物や積載重量を表す表示も加わってきます。

 

 

 

外装はここ松川村の自動車整備工場の方たちに、定期的に塗装をしていただいているのでとてもきれいです。

 

 

 

 

 

さいころから列車の連結部のメカニズムがとても好きでした。

 

 

 

 

 

 

 

休み時間が終わって、今にも子供たちが飛び込んでくるような気がします。

 

 

長野電鉄で現役を引退しても、このようなところで大切に使われているのは嬉しいことです。長野電鉄の屋代ー須坂間を走っていた屋代線は2012年4月1日に廃線になってしまいました。自分も何度かお世話になった電車なので、今は走っていないのかと思うと寂しい限りです。

 

大糸線飯山線などのローカル線も、乗客の減少から存続が危ぶまれているようです。大都市の地下を幾重にも走っている地下鉄ももちろん必要ですが、地元ではこの電車しかなくてどうしても必要としている方達がいます。何としても残してほしい路線だと思います。

 

大切なお財布を落としてしまったトイレの汲み取り口が再現されています。トットちゃんにとってはとても大切なお財布だったのです。

 

こちらは信濃町 黒姫にあったいわさきちひろの書斎「黒姫山荘」を再現した建物です。黒姫高原に相応しく、日常の生活臭を感じない自由な空間という気がします。

 

いわさきちひろの描く子供たちは、その目と表情を見ただけで今その子がどんな気持ちかが手に取るようにわかります。その表情がとても豊かでかわいいです。

 

折も折ですが、9月4日の信濃毎日新聞に「窓ぎわのトットちゃん」の続編が42年ぶりに刊行するということです。すっかり忘れている部分もありますので、初刊から通して読んでみたいと思いました。

 

こちら方面に来たのはたぶん20年ぶりくらいになると思います。そして、美術館がたくさんあります。池田町や生坂村もゆっくり歩いてみたいと思います。そうそう遠くないうちにまたいつか足を運びたいと思います。

神社仏閣を訪ねて「10」善光寺界隈

 

 

8月11日は女房と夏休みに入った息子を迎えに長野市のアパートに向いました。「山の日」に相応しく朝から空気の澄んだ気持ちのいい日です。佐久南インターから中部横断自動車道に乗ると浅間山がくっきりきれいに見えていました。「こんな日に登ったら気持ちいいだろうな」と思いながら眺めていました。

 

アパートに着いて荷物を積んでもうじきお昼です。暑いのでお蕎麦にしようということで、善光寺に向うことにしました。長野県立美術館に車を停めて東側参道を歩いていきましたが、善光寺を東側から眺めながら訪れるのは初めてです。

 

東側参道の右手には有名な歌人の句碑が並んでいます。

いちばん手前は井上井月の「越後に八房有とや 思ひよらぬ梅の花みて善光寺 蝶に気のほぐれて杖の軽さかな」

 

二番目は夏目漱石「生きて仰ぐ 空の高さよ 赤とんぼ」

 

続いては同じ北信の信濃町 柏原出身の俳人小林一茶の句碑です。

「春風や牛に引かれて善光寺 開帳に逢ふや雀も親子連れ」

 

最後は佐久市にもなじみの深い山口県出身の俳人種田山頭火の句碑です。

「八重ざくらうつくしく南無観世音菩薩像 すぐそこでしたしや信濃路のかっこう」

 

そういえば去年の「御開帳」以来なので早く本堂をお詣りしたいと思いましたが、ちょうど12時だったのでお昼を先にいただくことにしました。

 

 

 

尾張屋」さんでとろろ蕎麦をいただきました。今日も暑い日になりましたので冷たいそばが実に美味しい。

 

そして、1時間30分ほど自由行動にして本堂をお詣りしようということで意見がまとまりました。

 

本堂参詣前に必ずお参りするのはお釈迦様の涅槃像がご本尊の善光寺 世尊院 釈迦堂です。善光寺は来世をお守りくださるお寺さんで、世尊院は現世をお守りくださるお寺さんです。

 

 

今日は時間にも余裕があるので、世尊院の境内にお邪魔してみました。門を過ぎるとすぐ右手に井戸水が湧き出しています。善光寺が火災に遭う前、こちらの世尊院と向かい合うように、今の延命地蔵尊の辺りにあったころ、如来様にお供えした大切な井戸水だということです。

 

 

更に奥に行くと「おれおれ地蔵」と書かれた幟旗の下にかわいいお地蔵さまがおりました。2009年「オレオレ詐欺」の撲滅を祈願して信者のみなさんによって奉納されたということです。

 

そして、今日は世尊院の左隣の蓮華院もお詣りさせていただきました。ご本尊は戸隠神社 奥社の左隣にある戸隠神社 九頭龍社のかつてのご本尊、宇賀八臂弁財手です。明治時代、縁あって蓮華院へ安置され、祈りをささげてこられたということです。

 

日本古来の神「宇賀神」を頭上に置き、八本の腕「八臂」を以って万人の願いを聞いて下さるということです。そのご利益は数知れず。私たちの願いが叶うよう遍くそのお力をお示しくださるということですから、善光寺参詣の折には世尊院とともに蓮華院をお詣りしてみましょう。

 

本堂参詣前にチベット大仏さまが安置されている「西方寺」にもお詣りしたかったのですが、自由行動の時間もあと僅かになってしまいした。お財布の中の硬貨をほとんどお賽銭に使ってしまったので、お土産を買って細かくしようと思って入った仲見世のおばちゃんがとても気さくでかわいくて、たくさん話をしてくれました。

 

「どちらからおいでました。」と聞かれたので、「今日は夏休みになった息子を迎えに佐久から来たんです。」と答えると、この前、佐久の「ぴんころ地蔵」に行ってきたということでした。佐久は空が広くて高いところだと思ったということです。お土産を見させてもらっているうちに「蕎麦饅頭」に目が止まると「そのお饅頭は信濃町の柏原というところで造っているんですよ」と教えてくれました。

 

信濃町も良いところですよね」というと、しばらく二人で信濃町の話題で話がはずみました。子供たちが小学校のころ小林一茶旧宅を見ながら谷浜に海水浴に行ったこととか、信濃町はトウモロコシを売っているお店がどこに行ってもあって、トウモロコシを買っていただいていると、「これもおあがり」といって、井戸で冷やしたトマトやキュウリを子供たちに食べさせていただいたことなど、夏休みの思い出をたくさん話してくれました。

 

そんな子供たちも、もう50歳になるのだそうです。そして、その「蕎麦饅頭」に、好きだったキーホルダーが壊れてしまったので、キーホルダーとかわいいストラップを買わせてもらいました。かわいいおばちゃんの思い出話がとても楽しっかったので、「おばちゃん元気でね」と言って本堂に向いました。

 

本堂前には盆縁日の準備が整っていました。この盆縁日も4年ぶりの開催だということです。夜店もたくさん出てそれは賑やかだということです。善光寺で盆踊りなんていいですよね。踊っているうちに煩悩を捨てて仏様の救いの中に入っているかも知れないですね。

 

 



本堂参詣前には、六地蔵さまと、ぬれ仏、そして、親鸞聖人像をお詣りしましょう。

 

            

盗まれたおびんずる様も無事戻ってこられました。ここのところ腰痛に悩んでいますのでしっかり腰の辺りを撫でさせていただきました。本堂ではお賽銭をあげて般若心経を暗誦させていただきました。

 

帰りは暑くてみんな喉も渇いたので、東側参道の四阿で冷たいものを買っていただいていると、その奥に何やら石碑がありました。案内を読むと「鳩ぽっぽ歌碑」とありました。東くめ 作曲、滝廉太郎 作詞の有名な唱歌ですが、東くめは善光寺の鳩を見て歌を作ったということです。このほかにも有名な「お正月」「雪やこんこ」もこの二人の作詞、作曲です。

 

善光寺はいつ詣でても新しい出会いがあります。これも全て仏様のお導きのような気がします。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

 

暇さえあれば虫探し「12」珍客

 

いつもながらジャングルのような我が家の庭の出来事です。子供たちが保育園のころ「トトロの森」というところに行って拾ってきたクヌギの木のドングリがあちこちに埋められていて、かなり大きくなったので今年の冬は切らないといけないかなと思いきや、知らない間に樹液酒場になっていて毎日たくさんの昆虫たちが来てくれてとても楽しい。

 

 

 

最初のうちはカブトムシにノコギリクワガタアオカナブン、スミナガシ、キタテハ、ルリタテハコムラサキなどが毎日集まってきていました。

 

アオカナブンはいつ見てもきれいな緑色の金属光沢が見事です。「コレステリック液晶構造」によって、可視光線の選択反射という現象が起きて金属のような色を放つということですが、半導体シリコンウェーハの表面酸化膜のようで楽しい。

 

しばらくするとオオムラサキも飛来しました。こちらは雌です。

こちらはオスです。羽根を開くと見事な紫色ですが次第に羽根の色もあせてきたようです。大きさもさることながらオオムラサキの飛び方には力強さを感じます。樹液をたくさん吸ってまだまだ元気に飛んでいました。

 

ヒラタクワガタにアカアシクワガタがたくさん来ている日もありました。

 

夜はミヤマクワガタも来ていました。

 

そして、8月5日(土)の出来事です。幹の陰に蝶がいました。前翅の先端だけ見えていたのですが、白と黒の模様がくっきりとした蝶です。スミナガシも翅の裏側から見ると白と黒のコントラストがきれいなので、スミナガシかなと思いきや「翅、大きくね?」と思わず独り言を言ってしまいました。

 

脅さないように静かに反対側に回ってみると、スミナガシよりはるかに大きくて後翅に赤点があります。しかも翅の表も白と黒です。

 

何とか確認できそうな画像を何枚か撮って急いで図鑑を調べてみると、奄美大島とその周辺の限られた島にしか生息していないアカボシゴマダラという蝶でした。沖縄本島でも確認された記録もあるようですが、今は生息が確認されていないということです。

 

更に気になることが書かれていました。「関東方面で広がっている中国原産のアカボシゴマダラとは交雑可能であり、今後、人為的に侵入しないよう注意が必要である。」ということです。

 

よくよく調べると中国大陸より人為的に持ち込まれたと思えわれる、移入個体群の名義タイプ亜種という個体のようです。後日、早速、信濃毎日新聞 佐久支社に電話連絡したところ、その翌日、とても詳しく連絡をいただきました。

 

長野県でも特にこの東信地方で目撃事例があるようです。2016年に軽井沢で最初に確認されたということです。

 

そして、折も折ですが、信濃毎日新聞 佐久支社に連絡をした週の8月10日(木)の信濃毎日新聞に南信の駒ケ根市でも4頭のアカボシゴマダラが確認されたということです。「見つけたら捕まえて育てたり、移動したりしないで、研究機関に報告して下さい。」と呼び掛けています。

 

幼虫は在来種のオオムラサキゴマダラチョウと同じエノキやエゾエノキの葉を食べるので、このような種との競合が起きるのではないかと懸念されているようです。

 

同じ種でも奄美大島とその周辺の限られた地域で生息している在来種のアカボシゴマダラは、準絶滅危惧種であるのに対して中国から入って来たものは、特定外来生物に指定されているというのは何とも皮肉な話のような気もします。

死ぬまで山歩き「12」濃霧の車山

霧ヶ峰ニッコウキスゲが見ごろだということです。ゆっくりと花を見ながら湿原を歩きたいな。などと思って三日連休初日、女房を誘って立科町から女神湖を経由してビーナスラインに出ました。流石に連休初日だし車多いな。ということで有料駐車場に止めさせていただいきます。

 

支度をして車山肩から車山ー喋々深山ー物見石ー八島湿原-沢渡を経由して、一日ゆっくり歩こうかななどと思っていたのですが、高原の景色はすっぽり霧の中です。まあ、こんな日もあります。

 

動かないと寒いほどですが、歩き始めると温まってきました。それでも露出しているところは寒いので手袋は忘れないようにしましょう。

 

 

 

いつの間にかかわいい休憩所ができていました。展望の良いところに置いていただいたのだと思いますが、何十年も前の記憶をたどってもこの辺りからどんな景色が望めたのか全く覚えていません。

 

強風で揺れてしまってひどい画像ですがイブキトラノオです。

 

 

この花も見頃ですが風で揺れてしまいます。ハクサンフウロでしょうか。

 

 

ウスユキソウ、ミネウスユキソウ???

 

 

足元に注意しましょう。かわいい花が咲いています。ハッカのような爽やかな香りのするイブキジャコウソウです。

 

 

コウリンカでしょうか。花弁が好き勝手な方向を向いているような感じがかわいいです。

 

こちらの花はもう直に咲きそうですが、アサギマダラの好きなヒヨドリバナですかね。

登山道から右手はアカマツレンゲツツジの地上部は春先の山火事ですっかり枯れています。下草も黒く焼け焦げた跡が確認できます。この登山道のおかげで左手方面には燃え広がらなかったようです。

 

登山道も晴れていれば気持ちが良いのですが、こんな日もあります。

 

 

 

ゆっくり歩きながら車山頂上に着きました。

 

こちらが正確な三角点だと思います。白い杭の文字が確認できませんが「国土地理院」と書かれていたのだと思います。

 

平成11年11月に富士山レーダーに代わって気象観測を開始した、車山気象レーダー観測所もすっかり霧の中です。まあ、こんな日もあります。

 

 

 

茅野市のスキーシーズンの安全を祈願して建立された「スキー神社」がこちらの社の前身です。山の神様「おおやまつみのみこと」が祀られています。

 

 

濃霧の中で一段と神聖な雰囲気を感じる領域です。

 

昨年8月下旬から10月かけて建てられた御柱です。配置は諏訪大社と同じく向かって手前右側が車山神社一の御柱で、時計回りに社を囲むように順番に建てられています。

 

諏訪大社御柱際は奥山から切り出された御柱は山を下って、林道を引かれて、急坂を下って、里引きされて最後の建御柱の神事になります。車山神社では1800メートル下の山の中から切り出された御柱は1925メートルの頂上まで引き上げられて、神様となって建てられるということです。

 

気象レーダー観測所の南には立派な頂上テラスができていました。車山神社にお参りしてちょうどお昼の時間になったので、こちらでお昼をいただきました。天気さえ良ければここから左手に八ヶ岳の峰々に富士山、南アルプス中央アルプスが望めるはずですが、まあ、こんな日もあります。

 

それでもすっかりお腹が空いていたので美味しくお昼をいただきました。下界で見たらガマン大会でもしているかの如く上着を着こんでいますが、お腹がいっぱいになっても休むと途端に寒く感じます。

 

 

またまた、天気さえ良ければ、一日ゆっくり歩きたかったのですが、こんな日もあります。またの機会にしましょう。それでも時々、青空も微かに見えると一瞬、霧も薄くなってこんな景色のご褒美が見れました。

 

今は見ごろのニッコウキスゲも電気柵の中で保護されています。登山道の境界のロープはそのまた手前なので、スマホだと電線が入ってしまいます。帰りは時間も早かったのでちょっと寄り道して、長門牧場でソフトクリームをいただいて帰りました。