あの街の思い出(6)蚕都

 今日は「憲法記念日」です。毎日報道されるウクライナの悲惨な現状を見て、なおも「憲法改正」だの「核共有の議論」だの「敵基地攻撃能力」だのと、やられたらやり返す。みたいなことばかり騒ぎ立てている権力者が多いですが、今や核、原子力などというものが人間の手に負えるものではないことは子供達でもわかっています。まして、法律も守らない政治家が憲法を変えたらどんな国になってしまうのだろうか?戦争という最低の事態を回避するためにも賢く外交することこそが、どこの国の政治家にも課せられた義務ではないのでしょうか?

  話は変わりますが、今はアジア諸国に依存してしまった繊維ですが、以前は日本経済を支えていた産業と言っても過言ではないでしょう。その時代、上田市も「蚕都」と呼ばれ、蚕業に関わる施設がたくさんありました。自分たちもまたそんな時代にあやかって勉強した時期を思い出して、「今はどうなっているのだろう」とふと思いついて出かけてみました。

 娘もGWで帰ってきて女房と一緒にアリオで買い物をするというので、自分はその先に向かって上田大橋で千曲川を渡りました。毎日見ていた「岩鼻」の手前には「上田 道と川の駅 おとぎの里」がありました。以前、「岩鼻」の直ぐ脇を通ていた県道は、「上田坂城バイパス」と言って国道18号線のバイパスとなっていて、「岩鼻」の真下を「岩鼻トンネル」が通っていました。

 南西の方角には独鈷山にそのわずか左の奥には蓼科山も見えます。東には烏帽子岳・太郎山が見えました。しばらく眺めて見て回り上田大橋を戻ってすぐに川東の堤防沿いに左折しました。しばらく進むと右手に「清心地蔵菩薩」というお地蔵さんがありましすが、先輩方に「このお地蔵さんは(夜泣き地蔵)と言って、夜になると鳴き声がする」とか、「夜になると目が光る」とか「合掌している両手が開いている」とか色々なことを聞きましたが、多分そういうことはなかったと思います。


 さらに進むと上田西高校がありました。この敷地は正に以前の「長野県蚕業試験場」の跡地です。当時の建物らしき面影の建屋もあるようですが、長い年月が経っていますので定かではありません。その北には「信州ハム上田工場」がありましたが、当時は「SB食品」のカレーの工場でした。夕方になるとカレーの臭いが漂てきて空いたお腹に応えたおぼえがあります。

 当時はこの堤防沿いの道も舗装はされていなくて石ころだらけのダートでした。この先で堤防沿いの道路はなくなっていましたが、ここから見た「岩鼻」がいちばん見慣れた景色と言えます。Uターンして西上田駅に行ってみることにしました。こちらも懐かしいですね。駅の向かいのこの角に、当時はタバコ屋さんがあったのですが今はさら地になっていました。

 そして、駅に向かって右手に「まゆ浪漫」という立派な看板があって、「まゆの里の名残りをとどめる家並みとの出逢い!」と書かれています。「繭」に関わる名所が下塩尻だけでもこんなにたくさん紹介されています。

 次は、国道18号線沿いの東側にある清酒「福無量」の蔵元、沓掛酒造株式会社さんにお邪魔してみました。学生時代何かの用事で行ったとかいうわけでは無いのですが、思い出深いところからほど近いところにある酒蔵なので、以前から気になっていました。


 「福無量」とは、観音経の一節「福寿海無量」の中の3文字を使ってるということのようです。その意味は、「福が限りなく授けられますように」という意味のようです。明日は、「酒蔵マルシェ」というイベントがあって、準備で忙しそうなところにお邪魔してしまいました。

 案内もいただいたのですが、明日の「酒蔵マルシェ」は記念すべき第1回のようです。明日もお邪魔したいのですが、「御開帳」の善光寺をお参りすることになっていますのでとても残念です。


 沓掛酒造さんで買い求めたのは純米生原酒「郷の舞」、アルコール分 17度 精米歩合 59% 雑味がなくて酸味を含んだ豊潤な香りを感じました。澄んだ甘みとほのかな酸味が美味しい、後味もすっきりした酸味を感じます。香りも飲んだ時にも雑味を感じないお酒です。

 そして、大きな杉玉の向こうに気になる桑の木を見つけました。杉玉を撮ったり、また戻って桑の木を撮ったり、何とも怪しい客だと思われたのではないでしょうか?

 この桑の木は正しくは「枝垂れ桑」です。この桑の木は蚕都 上田を代表する、大変珍しい観葉植物だということです。

 少々、話が長くなります。現在の上田東高校は以前、小県郡蚕業学校といい高等部は上田蚕糸専門学校で、現在の信州大学繊維学部です。上田東高校と信大繊維学部は兄弟学校だったということです。

 この「枝垂れ桑」は、信州大学繊維学部の前身の上田蚕糸専門学校が設立されたころ、フランスのリヨンに留学した方が持ち帰ったということですが、実際には、誰が持ち帰ったかは定かではなかったということです。

 この「枝垂れ桑」をフランスから持ち帰った方は、小県郡蚕業学校(現在の上田東高校)の初代校長 三吉 米熊氏ではないかということです。上田市でこの「枝垂れ桑」の並木が見られるのは、上田東高校に信大繊維学部、笠原工業、上田城跡公園の三吉 米熊氏の銅像に至る小径沿いということです。

 おそらくは、20年ほど前の信濃毎日新聞にこの「枝垂れ桑」を普及させようという記事を見た覚えがありますが、この企画を計画したのは、あの笠原工業だったと思います。今では佐久市でも時々見かけることもありますが、正に蚕業と関わる地域の歴史に相応しい桑の木といえるのではないでしょうか。

 思えば2年生の夏季、学外実習という実習があって、長野県各地の稚蚕飼育所から養蚕農家へと、蚕の成長に併せてみなそれぞれに泊りがけで約1ヶ月の実習に出かけました。上田の同級生と自分は、旧中条村(現在の長野市 中条地区)の養蚕農家にお世話になりました。とても熱心な養蚕家で、桑園にはたくさんの桑の木が博物館の様に大切に育てられていました。中でもひときは目についた桑の木は「たけまい桑」という大きなハート形をした葉の桑の木でした。

 栄養豊富な桑の葉を食べて育ったお蚕さんから大切に排出される絹糸は、どんな化学繊維にも劣らない上質なものといえます。またそんな繊維盛んな時代が来ないとも限りませんので、桑の木も大切にしておかないといけないと思います。

お酒の話(11)山菜の季節です

 年々、寒暖差が激しいと感じるこの頃の季節です。コブシも桜も一斉に咲いて、あっという間に散ってしまいました。

そして山では既に、山桜にヤマブキが咲いています。(ヤマブキ普通はもっと遅かったよな・・・。)

 いつもこの時期になると会社の友達が山菜取りに来て、美味しいお土産も持ってきてくれます。(「いつもいいのに」と言いながら、手が先に出ています)実は、自分も毎年楽しみにしています。

 いただいたのは、月山酒造株式会社さんの純米酒 銀嶺「月山」
アルコール分 14度  精米歩合80%  自分たちが「利き酒師」の講習会で教わった時は「米だけの酒」というのはイコール「純米酒」ではないのです。「純米酒」は精米歩合が70%以下のものという定義があります。ということでしたがいつの頃からか、その辺の定義が変わったようです。

 やや辛口のお酒だと思います。ほんのりと尾を引く甘味に、後味はすっきりとした辛口だと思います。早速今夜の山菜の天ぷらと一緒にいただきました。

 Facebookの友達に教わったキュウリと塩昆布の和え物を造ってもらいました。なんでも物価高のこの時期、キュウリは比較的安いし簡単で美味しいです。

 4月2日、三学期のほとんどがリモートだった息子が入寮になります。学年ごとに棟が変わるので少々大変ですが、三か月も家にいたので大喜びで行きました。娘も4日(月)に高岡キャンパスでオリエンテーションがあるので、長野駅から新幹線で高岡に向かいました。

 長野駅では時間があったので、一緒にお昼をいただいて買い物をして娘は新幹線に乗りました。

 自分も長野駅に来たら必ず寄りたいお店があります。「信州くらうど」です。最近は地ビールの種類の多さに驚きますが、お酒の種類も多くて楽しいです。

 この日、二本買ったうちの一本は、西尾酒造株式会社さんの生原酒 しぼりたて「木曽のかけはし」です。アルコール分 19度以上 20度未満 「火入れ」の工程を一切しない「生原酒」です。
 
 深みと広がりのある濃醇なフルーツ臭が、美味しさを物語るかのようです。濃醇な美味しい甘みがありますが、アルコール度数のわりにすっきりとしています。後味も癖がなくて美味しいお酒です。

 「遠藤酒造場の朝は早い」「彗で乾杯」とかお酒のCMとなると、自然に耳に入ってメモリーされています。

 もう一本は株式会社 遠藤酒造場さんの直汲み「彗」です。アルコール分 15度 精米歩合70% 熟成感の中に爽やかな果実臭を感じます。
 一口いただくと、甘みと酸味のバランスが美味しいお酒です。後味はすっきりとやや辛口だと思います。

 上田市アリオの食品売り場で買いました。新潟県 長岡市にある吉乃川 株式会社さんの厳選辛口「吉乃川」です。
アルコール分 15度 精米歩合 65% 辛口とありますが、ただ辛口というわけではなくて、甘味、酸味、旨味のバランスが良く。深みのある熟成感も感じる美味しいお酒です。後味はすっきりとした辛味が切れの良さを感じます。自分は大概の場合、常温か冷やしていただくのが好きなのですが、燗も美味しいお酒だと思います。

 

 娘の高岡市のアパートの契約に行った時の帰りに、買い求めた一品だったと思います。三笑楽酒造株式会社さんの原酒「三笑楽」です。
アルコール分 18度 精米歩合 70% ひかえめな香りで比較的辛口ですが、すっきりとした後味で喉の奥に甘みを感じる気がします。

 大好きなコブシの花はあっという間に散ってしまいました。さてさて今年はまだ何もしていません。暑い日が三日も続くとみるみるうちに草が伸びてきます。今週末はゴールデンウィークに入ってしまいます。先ずは雪落としをしたときに穴だらけにしてしまった、ビニールハウスの天幕を変えるところから始めてみましょう。

お酒の話(10)いただき物に感謝して

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 年々、寒暖差を感じるこの頃の季節ですが、今年はウメにサクラ、コブシにレンギョウ、ハナモモ色々な花が一斉に咲きました。

 

 

 先日、お酒のスーパー「タカギ」にお酒を買いに行って、宝酒造株式会社さんの新商品、松竹梅 生貯蔵酒「昴」の試飲壜をいただきました。いただき物に感謝して感想を投稿いたします。

 控えめですがすっきりとした爽やかな果実臭に、ほんのり甘味を感じる香りです。日本酒特有の美味しさを感じる香りも含まれていました。

  一口いただいてみます。すっきりした淡い甘味が口に広がります。アルコール度数が低目なせいもありますが、美味しい湧き水をいただいているような美味しさです。

 後味もすっきりとした甘味が残る感じがします。香りも甘味も全体にすっきりとしたお酒なので、女性にも好まれるお酒だと思います。

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  そして、新鮮な魚のお刺身に、この時期ならではの山菜と一緒にいたたきたいお酒です。そういえば以前、淡麗で辛口の「米米辛口」という銘柄があって、こちらも好きなお酒でしたが今ではすっかり見かけなくなりました。

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 すっきり淡麗で、これからの季節に合ったお酒でもありますので、次回、お酒を買いに行くときは是非とも「昴」の1.8リットル紙パックを買って帰って、お風呂上りに冷えた一杯をゆっくりいただきたいと思います。

あの街の思い出(5)「富山・高岡」

 

 3月19日、3月20日は娘の引っ越しで、4か月ぶりに富山に行きました。キャンパスが富山市から高岡市に変わりますので、富山市の寮から高岡市のアパートに引っ越すことになりました。

 

 3月23日、ウクライナのゼレンスキー大統領が国会でオンラインの演説が開かれました。日本はアジアでいち早くロシアに経済的圧力をかけてしていただいたことに謝意を述べられました。またプーチン生物兵器などの大量破壊兵器を使用する恐れがあることも危惧して、国際機関が機能していないことにも言及されました。せめて、ウクライナ上空を飛行禁止区域にしてほしいと切に願います。今後ともアジアのリーダーとしての立場を大切にしてほしいという内容のことも言っておられました。

 

 あれからすでに一ヶ月が経ちます。ウクライナの主要とされる街は、東京大空襲関東大震災の直後のような様相です。ウクライナの皆さんにとっては一刻の猶予もないのです。ゼレンスキー大統領のオンライン演説の終了後、安倍前総理は「他人ごとではない」と言ったそうです。その通りです。全く「他人ごと」ではありません。安倍前総理の「同じ未来を見ていた」という親友プーチンによる無差別殺人ですから、少なからず責任を感じてもらわないといけません。

 

 ニュースでウクライナの悲惨な現状を見る度に、国連は止められないのだろうかとか。また、何もできない自分の無力さにも情けなくなります。ついつい「こういう時のために政治家がいるのではないだろうか」と思うのですが・・・。

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 また、娘の引っ越しに戻りますがこちらは新井のSAです。上信越道で県境が近づくにつれて徐々に残雪が多くなりました。たぶん信濃町妙高付近がいちばん多かったと思います。前の冬も雪多かったのですが、この冬も連日、雪マークの日が続きましたから残雪も多いですね。

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 富山市の寮に到着して積めるだけの荷物を積んで、高岡市のアパートに向かいました。女房と息子はアパートで荷物を整理してくれて、娘と自分は富山~高岡間を4往復して何とか終了しました。富山ー高岡の間に射水市がありますので、佐久市から小諸市を通過して上田市を往復するほどの距離になります。道のりはおよそ22㎞ですが、国道8号線を使うとほぼ直線で道もわかりやすかったです。

 

 天気予報ではこちらは雨の予報でしたが、最初のうちは降らないでいてくれて助かりました。4度目の荷物を降ろすとすっかり日も暮れてしまいましたので、ローソンで買い物をしてホテル「ルートイン高岡駅前」に向かいました。

 

 チェックインして夕飯に出かけることにして、路面電車に乗ってアパートの向かいの「日本海」という回転寿司に行くことにしたのですが、こういう時期なので営業時間を確認すると8:00までということでしたので、三つ目の駅で降りて中華料理店を探していると、なんと高岡大仏様の通りに出ました。夜はライトアップされていて「イケメン」と評判の高岡大仏様が一段とやさしい顔立ちに見えました。奈良の大仏様、鎌倉の大仏様とともに日本三大大仏様に当たります。

 

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 小雨の中を歩いて、やっと中華料理「美好」に着きました。こちらの中華料理とても美味しかったです。

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 朝は何時もの習慣で4:00に目が覚めたので、朝ぶろに入って暖かくして一人で散歩に出かけました。まずはローソンに寄ってハガキを4枚買って少々いたずらをしてみましょう。本当は絵葉書が欲しかったのですが残念です。そして高岡駅路面電車の待合室の「ドラえもんのポスト」の前に行きます。ここで家族と自分宛てに手紙を出しました。

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 待合室を出て駅前に進むと「万葉集」を編纂で有名な歌人大伴家持」の銅像があります。奈良時代越中の国守として赴任されて、高岡に住んでおられたということです。

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 そして、その後ろの道路を渡ると「ドラえもんの散歩道」があります。先一昨年、オープンキャンパスで来た時にはまだ暑い時期でしたので、ここで「アオスジアゲハ」を見つけたのですが、まだまだそういう季節ではないですね。

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 路面電車の軌道沿いの大通りを「高岡大仏」の案内通りに進むと広いアーケードの中ほどの広場に桃太郎さんのブロンズ像がありました。何とも素朴な味わいの桃太郎とその動物たちでした。

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 しばらく進んだ先を右に折れると高岡大仏様の参道に出ました。朝の高岡大仏様はやはりイケメンです。

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 お賽銭を上げてお線香を上げさせていただきました。撫で仏「おびんずる」様の左には聖徳太子肖像画がありました。何とも優しい顔立ちをしておられます。

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 お参りを済ませてホテルに戻って、朝食をいただいて退寮の手続きに富山市の寮に向かいました。退寮の手続きを済ませて富山駅に行ってお昼までの間、買い物をしたいということで自由行動にしたのですが、三日連休の中日で大変な人出でした。富山県新型コロナウイルスの感染者数は落ち着いていますが、それでも怖いのでお土産のお酒を2本サッと買って、待ち合わせ場所で路面電車を見て写真を撮っていました。

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 かなりレトロな車両に現代風な車両に、色々な路面電車が来て楽しいです。

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 買い物の後はちょっと遅めのお昼ですが、以前、富山で12年働いていたFacebookのお友達に県道41号線沿いの「寿司玉」が美味しいですよと教えていただいたので、今日はそちらに行ってみたのですが、駐車場がいっぱいで車が止められませんでした。(かなりの人気店です)仕方ないので帰りの富山西インター近くの「番屋」というお寿司屋さんに行ってみようということで入ってみました。こちらのお店も回転寿司なのですが、とても美味しくて食べ過ぎました。いつも娘の寮に来るときは通り過ぎているところなのですが勿体ないことをしていたような気になりました。

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 富山西から北陸道に乗って「有磯海」のSAでお土産を買うというので車で休んでいました。たかだた15分か20分程度だったのでのですがすっかり熟睡していました。そして、県境付近はこんな感じです。

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 高岡駅の「ドラえもんのポスト」から出した手紙が、ドラえもんの消印が押されて3月22日(火)に届きました。

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 富山駅でお土産に買った、黒部市の銀盤酒造株式会社さんの特別純米剣岳」を後日、早速いただいてみました。精米歩合60% アルコール分15度、香りはひかえめな酸味とわずかな果実臭を感じます。すっきりとした飲み口ですが、やさしい甘さを含んでいます。後味は酸味と辛味の喉ごしが良いお酒です。雑味が少なく淡麗、辛口で飽きない美味しさです。

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NO!WAR

 

           

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 ウクライナの国旗の意味は諸説あるようですが、もともと農業が盛んな国で上の青は「どこまでも続く青い空」と、黄色は「黄金色に実った小麦」を表しているという説が有力なようです。そして、何ともシンプルでとてもきれいな配色だと思います。

 

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 この国の街並み、人々の姿をインターネットで見させていただいてこんな一句を思い出しました。「高遠は 山すその街 古き町 道行く人の美しき町」と教わった覚えがありますが、何十年も前のことですから、自分の記憶が怪しいのだと思います。インターネットで調べてみると、正しくは「たかとほは 山裾のまち 古きまち ゆきあふ子等の うつくしき町」と詠まれていました。当然、日本の古民家が並ぶのどかな風景とは別ですが街も人も素敵です。

 

 ところが、街並みもきれいなこの国が、今、プーチンという独裁者に苦しめられてます。 独裁国家の恐ろしさを目の当たりにして、今、ウクライナで起きていることはいつどこで起きてもおかしくないような恐怖を感じます。安倍前首相は特使としてマレーシアを訪問したということですが、さてこの時期に何故マレーシアなのか?全く意味不明です。衆議院予算委員会立憲民主党の羽田次郎議員が、安倍前首相を特使としてロシアに派遣してほしいということを提案したところ、林外務大臣が否定したということです。

 

 何故否定するのでしょうか、在任中はロシア訪問が11回プーチンとは合計27回会談して、「シンゾ-」「ウラジーミル」と呼び合うほどの中だったということです。そして、「ウラジミール君と僕は同じ未来を見ている。ゴールまで2人の力で駆け抜けよとう」とまで述べていました。この発言の中に注意しなければいけない発言が一か所あります。「同じ未来」というところです。

 

 ロシアのというよりプーチンウクライナ侵攻は、独裁政治そのものを浮き彫りにしています。プーチンという政治家の振りをした化け物が本性を現したのでしょう。ロシア国民には全く関係のない一部の権力者だけで計画されたこの事件は、ともすると7年8か月続いた安倍政権そのものが「同じ未来」ということだったのではないでしょうか?

 

 プーチン政権はこの侵攻でも報道を捻じ曲げて、国民には正しいことは伝えないように徹底的に操作しています。安倍政権でも少なからず都合の悪いことは隠ぺい、改ざんは当たり前、公文書は黒塗り、国会での虚偽答弁118回、選挙買収、等上げたらきりがないですが、悪事は別にしてもロシアと同様、権力であらゆるものを操作できる独裁国家を目指していたのではないでしょうか。ちょうど、3月17日の「信濃毎日新聞」の「斜面」にこんな記事が載っていました。

 

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                                                                           3月17日「信濃毎日新聞」より

 

 そして、ロシア政府系テレビの生放送中に「戦争中止」を訴えたマリーナ・オフシャンニコワさんの勇気ある行動にもエールを送りたい気がします。

 

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 はるかに前のことで、何方の講演だったかは忘れましたが、岸野保育園の保護者向けの講演でした。「人として生まれるということは、年末ジャンボ宝くじの一等に相当するものに100回続けて当たったくらい運がいいことなのです」というところを今でも覚えています。数学的に確率の部分と、自分は数学や科学では割り切れないスピリチュアルな部分が多分にあると思っていますが、実際人間として生まれたことはそのくらい尊いことだと思います。

 

 今、ウクライナではプーチンの侵略部隊(自分はあえてロシア軍という表現は使いたくないので、プーチンの侵略部隊と表現しています)に尊い命が毎日奪われています。中には胎児ともに亡くなった妊婦さんもいました。首都キーウの高齢者施設ではいつ砲撃にさらされるかわからない状況の中で、避難できない入所者がいるので「私はここに残る」と言う介護士若い女性もいました。買い物に行っても手に入る食料も少ない中、自分の1週間分の食べ物を分けてあげていました。

 

 この状況下で安倍前首相は、マレーシアより取るものも取り敢えずロシアに向かうべきではないだろうか?そして、いつも「強い外交」「外交の安倍」と口癖のように言っていました。ウクライナの皆さんの苦悩を考えたら外交に長けた方が見過ごす訳にはいかない筈です。政治家の一部には選挙に当選すると何か特別な権力でも得たかのように大柄になる方がいますが、本来国民の代表であるから慎ましく生活しなければいけないはずです。そして、このような有事の際に何ができるか、最善の方法を模索して人々を導くというのが本来の姿です。一刻の猶予んもありません。こうしている間にも何の罪もない人たちが殺されています。「赤坂自民亭」ではいけません。

 

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 ロシアの国民の皆さんには何の罪もありません。ウクライナ国民の勇敢さに胸をうたれました。日本が突然他の国から侵略されたら、自分は銃を取って戦えるだろうか?侵攻が始まる前、演習という名目で若い兵士が国境近くに連れていかれて、本当に戦争が始まってしまって捕虜になった兵士はまだ子供のようなあどけなさが残っているかわいい顔をしていました。多くのウクライナ国民もまたロシア国民も犠牲にしたプーチンの侵略軍は、一刻も早くウクライナから出て行ってほしいものです。今日も早く帰れそうなのでお酒を買って帰って、同じ空の下で頑張っているウクライナの皆さんに一日も早く平和な日々が訪れることをお願いして神棚にお供えしてみます。

   

 

 

 

 

 

 

              

   

 

百年に一度の「猫の日」

 2月22日は語呂合わせで「猫の日」です。ほかにも「温泉マークの日」とか色々あるようですが、今年は、2022年2月22日 百年に一度の「2」が整列した日なので「スーパー猫の日」なんだそうです。

 

 この日の信濃毎日新聞には、猫の記事がたくさん載っていて楽しかったです。

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            2021.2.22 信濃毎日新聞より

 

こちらは2月12日の朝刊の「こと映え」だったと思います。とても無邪気でかわいいので撮っておきました。

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            2022.2.12 信濃毎日新聞より

 

 猫がくつろいでいる場所はとても平和な空間と言えます。猫同士では時として喧嘩をしたりしますが、人間が喧嘩をしているところには決して近づいて来ません。

 北京オリンピックが閉幕するや否や2月24日ロシアがウクライナに侵攻しました。何とも恐ろしいことです。しかもプーチン大統領核兵器の使用を示唆するような発言で威嚇したことに、広島、長崎の被爆者の方々が強く非難したということです。猫同士で喧嘩もしますが、決して相手を殺すようなことはしません。それに比べて人間が巻き起こす「戦争」とは、何とも野蛮で愚かな行為と言わざるを得ません。

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             2022.2.25信濃毎日新聞より

 

 安倍前総理が「外交の安倍」と自画自賛していましたが、ロシアを訪れた際に手渡したとされる3,000億円がこの侵攻の殺りく兵器にも使われていると思うと何とも腹の立つ話です。しかも北方領土問題は1ミリも進んでいません。

 ロシア国内でも反対運動が起きているにも関わらず。プーチン大統領の支持率は69%もあるのだそうです。

 

 話はまた猫に戻りますが、何かしているとハンちゃんが手伝いに来てくれます。夏休みが終わった息子の荷物を積んでいるときにも、タイヤ交換も手伝いに来てくれました。

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 その「ハンちゃん」が先日、仕事から帰ると右前足をかばって痛そうに歩いていました。その夜もかなり痛かったので、時々泣いてばかりいて寝られなかったようです。もちろん自分も寝不足でした。

 毎日のように仕事も忙しかったのですが、後日は少々一段落していたので午後休ませていただいて、息子と一緒に「ナツ」の頃から何十年もお世話になっている「井出動物病院」に連れて行ったのですが、何と定休日でほかを検索してもこの日は、近隣の獣医さんの協定があるようで定休日のところばかりでした。

 「ナツ」はゴールデンレトリーバーの雌でした。11歳で亡くなって何年もたちますが、懐かしい写真が見つかりました。

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 やっと探したのが「菊池動物病院」でした。そして幸いこちらからもほど近いところで助かりましたが、「ハンちゃん」病院が初めてでペットキャリーから出して先生に少し触ってもらったのですが、診察していただく台から飛び降りて大暴れしました。捕まえるとき初めて「ハンちゃん」に「シャー」と威嚇されました。

 それでも爪を立てることもなく嚙みつきもしませんでした。先生は「大人しいほうですよ」と言っていました。幸い交通事故ではなくて、「猫同士の喧嘩で相手の爪が肉球に刺さったのだと思います」ということでした。抗生剤を5日分出していただいたのですが、2日目くらいですっかり良くなりました。

 

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 後日、会社で休憩時間にそんな話をすると、菊池先生は以前は佐久穂町の自宅で営業していたのですが、その頃から評判が良かったようです。井出先生ももちろん以前からお世話になってよく診ていいただくので、どちらも大切にしたい獣医さんです。

 

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出現「でえらんぼう」(4)

 

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 三石 勝五郎氏 作詞「岸野の歌」という歌がありますが、その4番がこの開拓地のことを唄っています。その中に「デーラン踏みし三ツ足や」とありますが、この「三ツ足」というのがこの開拓地の古い地名で、「デーラン」は伝説の大男「でーらんぼう」のことです。「三ツ足」は三歩目に足をついた場所という意味です。

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 ただ、自分はこの曲をまだ聞いたことがありません。「岸野の歌」の他に「岸野音頭」という歌もあって、こちらは岸野地区体育祭の最後に参加者全員で踊ることになっているので、岸野で知らない人はいないと思います。

 

 この童話の次話を投稿いたします。小説家になろう」または「小説を読もう」というサイトにも投稿していましす。盗作を掲載していると思われてはいけないので、双方の作者が同一人物であることをご承知おきください。

 

               「クマと大男」

 

 おばあちゃんのお葬式の日に「クマ」がきた。「クマ」というのは、こげ茶色でくせっ毛でカラフト犬に似た雑種の犬です。

 宗一のお母さんは、おばあちゃんが元気なころ、おばあちゃんの家に行くと、「母さん」「母さん」と言って楽しそうに話をしていました。


 おばあちゃんは宗一のことが大好きで、お母さんと遊びに行くとお菓子やおこづかいをもらっては、「おおきくなったな」と言ってはやさしく頭をなでてくれました。


 おばあちゃんのお葬式の日は、12月の雪がちらつく寒い日でした。大人たちは一日忙しそうでした。宗一たち子供は、庭のかまどで火の番をしていました。夕方どこかの親戚から、子犬が2匹つれてこられました。
 2匹の子犬はうれしそうにしっぽをふって、宗一たちにすり寄っていました。宗一もうれしくてたまりませんでした。


 1匹はどこかの親戚にもらわれて行って、もう1匹は宗一の家にもらわれてきて、さっそく宗一が「クマ」と名づけたのです。


 宗一が出かけるときは、いつもクマは一緒についてきます。クマが気持ちよさそうに寝ているときは、宗一は起こさないようにそっとしておいてあげるのですが、しばらくすると遅れを取ったとばかりにものすごい勢いで宗一を追いかけて来ました。


  そして、思い切りふくらはぎに体当たりして、そのまままっすぐ走って行って、ピタリと横を向いて止まると、少し上を向いて得意そうな顔をしています。
  宗一は、その様子がおかしくて、クマの傍に行くとお腹に抱きつきました。


  9月も終わろうとしている、日曜日の朝のことでした。宗一は自転車に乗れるようになって、この日も朝ごはんの前に自転車に乗ろうと早起きしたのです。
  すると、いつもおおよろこびでかけ寄ってくるクマがいませんでした。
  宗一は、大きな声で「クマ」「クマ」と何度も呼びましたが、クマの姿はありません。


  霧の濃い朝でした。宗一は急いで自転車にまたがると、まだ慣れない乗り方で必死にペダルをこいで、村の上に向かって進んで行きました。
 石がゴロゴロした道は、のぼり坂で宗一は何度も転びましたが、「クマ」「クマ」と呼びながら必死で自転車をこぎました。


 村のいちばん上の家が過ぎてもまだクマは見あたりません。
 それでも宗一は、「クマ」「クマ」と呼びながら自転車をこぎ続けました。
 村をすぎてだいぶ上った辺りで、道は二股に分かれています。道と道の間に大きな松の木が一本あって、その松の木の横にはお地蔵さんがありました。


 宗一が左の道の先を見ると、濃い霧の中に黒いかたまりをみつけました。
 宗一は思いきり大きな声で「クマ」と呼ぶと、黒いかたまりはものすごいいきおいで宗一の方に向かってきました。


 そして、思いっきり宗一に抱きついてきたので、宗一は尻餅をついて後ろに転ぶと、宗一は顔をペロペロなめられました。
 黒いかたまりはクマでした。宗一はクマを抱いて起き上がり「クマだいじょうぶかい」と言って、思いっきりクマのお腹に抱きつきました。


 クマは朝起きて遊んでいて、霧が濃くなって方向が分からなくなってしまったのです。
 しばらくすると霧が晴れて、暖かい朝日があたりました。宗一は安心すると、お腹が「グー」となりました。
 必死で自転車をこいで、はるか村のはずれまで来て、宗一もクマもお腹がペコペコでした。


 宗一とクマは、疲れてお地蔵さんの横の草の上で寝転んでしまいました。
 宗一は寝転ぶと同時に眠ってしまうと、亡くなったおばあちゃんの夢を見ていました。おばあちゃんは、たくさんの親戚の人たちに囲まれて、お茶を飲みながら美味しそうにおはぎを食べている夢です。おばあちゃんはとても楽しそうにニコニコ話をしていました。


 宗一の寝顔もニコニコしていました。すっかり夢の中にいると遠くで、「ドシーン」という地響きがしました。しばらくするとまた、「ドシーン」という地響きがして宗一は目を覚ましました。
 北の方角からまた、「ドシーン」という地響きが近づいて来ました。
 クマも耳をピーンと立てて、北の方を睨んでいました。宗一は立ち上がって、北のカラマツの林の上を見ると、あの大男の姿がありました。


 大男がさらに近づくと、クマは宗一の前に出て「ウー」とうなっています。
 「クマだめ」と宗一が言うと、クマは「キュンキュン」と鳴きながら宗一の後ろに回りました。
 宗一は、おおよろこびで両手を上げて大男を見上げると、大男はさらに一歩近づくと、新聞紙に包んだものを宗一に渡しました。


 宗一が受けとると温かいものが入っていて、新聞紙を広げると美味しそうなジャガイモでした。
 宗一がひとつ割って食べてみると、ホクホクでしっとりした美味しいジャガイモでした。宗一はそのジャガイモを、きれいな草の上に3つ置いてやると、クマも美味しそうにほおばっていました。


 クマもお腹がいっぱいになって安心すると、大男の周りを「ワンワン」と鳴きながら走り回りました。
 宗一が大男を見上げて「ありがとう」と言うと、大男は宗一を抱き上げて、「ワッハッハッハー」と思いっきり大声で笑いました。
 

 

注意

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